表紙

 -14- 若獅子と花




「それではもう一曲、お相手願えますか?」
 ディアヌが真っ赤になって絶句している傍から、サンパトリックが素早くクロエの手を取って舞踏室の中央に避難させた。


 二人が楽しくリールを踊って戻ってくると、人波のあちこちがざわざわしていた。 特に若い子たちの間に噂が飛び交っていて、扇で顔を隠すようにして数人ずつ集まっては、内緒話にふけっていた。 中にはくすくす笑っている者もいる。 どうやらディアヌには敵が多いようで、クロエにガツンとやられたのを面白がっている様子だった。
 踊りながらサンパトリックが忠告してくれたことを、クロエはしっかり頭に刻んだ。
「ディアヌ嬢は上に立つのが好きなんです。 人の上か下、それしか知らない。 だから友人はいません。 ああやって従えているのは、自分より位が下か財産の少ないお嬢さんたちばかり。
 彼女は明らかに、あなたのほうが上だと気がついた。 だから用心してください。 何とかして足を引っ張ろうとするでしょうから」


 それでも、また集まってきた新しい取り巻き達をやんわりまいて、そっと庭に出たとき、クロエの心は嬉しさに躍っていた。
 ライオンの噴水の近くに寄ると、黒い影がゆらめくように現われた。 約束したとおり、待っていてくれたのだ。
 クロエはますます明るくなって、ピョンと跳ぶように近づいた。
「あなたの教えてくれたようにやったわ。 できるかなって心配だったけど、うまくいったの! ほんとにありがとう」
 黒い襟から覗いた白い顔が、微笑で和らいだ。
「それはよかったですね」
「あなたって凄いわ。 まるでお芝居の筋を書く人みたい」
「脚本家ですね」
「そう言うのね? 私、ものを知らなくて」
 相手はライオンの後ろからゆっくり出てくると、クロエのすぐ前に立った。 そして、温かく答えた。
「知らなくていいことが、この世には沢山ありますよ」
 クロエは素直にうなずいた。
「そうね、悲しいことや残酷な話は知りたくないし、聞きたくもない。
 でも、これだけは教えて。 とても知りたいの。 あなたのお名前は?」
 男の唇が一瞬動いたと思うと、わずかに開いて、清潔に揃った歯が見えた。
「リオネルと申します」
 リオネル。 クロエは口の中で繰り返し、響きを確かめた。
「若いライオンのごとく。 強そうな良いお名前ね。 私はクロエ」
「花のごとく麗しい、という意味ですね」
 そうなの? 知らなかったクロエは目を丸くした。










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