表紙

 -13- 反撃成功!




 三分後、庭に逃げたときと同じように人の出入りにまぎれて、クロエは舞踏室に戻った。
 言われたとおり、さりげなく燭台の下に立っていると、楽団の近くできょろきょろしていたサンパトリックがすぐに見つけて、小走りでやってきた。
「顔色がよくなりましたね。 よかった。 もうハンカチの必要はなさそうですから、このシャンパンをいかがです?」
「ありがとうございます」
 クロエは明るい笑顔を浮かべて、グラスを受け取った。
 そこへレースとシルクに包まれた集団が、遠浅から押し寄せる高波のように近づいてきた。 年不相応なほど高価なドレスをまとった令嬢たちで、少なくとも五人はいる。 ディアヌ何とかは、取り巻きをまた増やしたらしかった。
「まあ、サンパトリックさま、先週は妹さんのご招待で遠乗りに行きましたの。 選ばれた顔ぶれで、楽しかったですわ」
「それはどうも」
 サンパトリック子爵はそつなく答えたが、視線はクロエに置いたままだった。 猫のように軽く吊りあがったディアヌの眼が細まり、危険な光を帯びた。
「そちらのお嬢様を紹介していただけません? これまで一度もお会いしたことがないようですから」
「ああ、そうですね、パリは初めての方ですので」
 張り詰めた空気を感じないのか、サンパトリックは呑気に紹介を買って出た。
「クロエ嬢、そちらはディアヌ・ド・ラ・ファンティーエ伯爵令嬢です。 そしてこちらは、グリュー侯爵令嬢のクロエ・デグリューさんです。 お見知りおきを」


 侯爵令嬢と聞いた五人は、一瞬たじろいだ。 家柄が伯爵より上の者は誰もいないらしい。
 それでもディアヌは立ち直りが早く、眼の光もすぐ戻った。
「まあ侯爵の。 さぞご領地は広いんでしょうね。 どちらのご出身?」
 クロエは目をくりくりさせて答えた。
「ルテルです。 ランスの北東の」
 その声を聞いたディアヌの瞳に、いまいましげな影が走った。 クロエの顔にはまだ幼さが残っているが、声は低く甘味を帯びていて、整った姿に勝る魅力があったのだ。
 悔しさのあまり、ディアヌは突っかかるように攻めに出た。
「遠方ですね。 それでドレスが流行に間に合わなかったのかしら?」
 クロエは小首をかしげた。
「この服が? 皆様と同じデザインだと思いますけど」
「デザインだけでなく、ドレスそのものが同じではないかしら。 私が気に入らなくて捨てたものと」
 背後で息を飲む音がした。 ディアヌの取り巻きも、まさか彼女がここまで言い放つとは思っていなかったらしい。
 サンパトリックは腕を組み、明らかに不快そうな表情になった。 だが礼儀に邪魔されて口に出せない。 代わりに大きく咳払いして、ディアヌを黙らせようとした。
 クロエはまっすぐ顔を上げたまま、ディアヌと正面から向き合った。
「それは、生地が同じだということですか?」
 そして、胸に並んだ豪華なリボンを撫でながら、優しいぐらいの口調で告げた。
「このエシェルのリボンは、四日前にリヨンから運ばれたばかりのものですけど? そのドレスというのは、いつお捨てになったの?」
 ディアヌの口角が、だらっと下がった。 たまたま同じ生地を選んで服を仕立てるのは、ありうることだ。 急に自信を無くして、ディアヌは無意識に手を揉みあわせた。
 すかさず、クロエはとどめの一撃に出た。 体を斜めにして優雅に立ち、無邪気な微笑を浮かべてこう言った。
「腰がとても細いってお店のマダムに誉められましたわ。 失礼ですけど、あなたこの服がお入りになるかしら?」
 とたんにサンパトリック子爵がハンカチを出して口に当てた。 吹き出したのを隠すためだった。










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