表紙

 -11- 歓迎されて




 一人と踊ると、後は次々と申し込みが続いた。 気がつくと、クロエは休む間もなく踊りの輪に引き込まれ、笑顔一杯でステップを踏んでいた。
 もともと田舎のおてんば娘だから、体力はある。 街のひ弱な令嬢が壁際に引き下がって、スカートの中で密かに舞踏靴を脱ぎ、足を揉みあわせている間も、クロエは軽々と踊っていた。 たまに振り付けをまちがえるが、楽しいのでほとんど気にかからず、ダンス相手も明るい少女に合わせて快く許してくれた。
 やがて楽団が短い休憩を取った。
 ダンスに興じていた人々は潮が引くように散らばって、酒や菓子などを手にした。 クロエの傍には数人の青年貴族が群がり、話しかけて無邪気な笑い声を引き出したり、盛んにお世辞を浴びせかけたりした。


 高価な蝋燭の甘い香り。 重なり合うジュップの衣ずれの音と、靴底の軽い響き。
 クロエは次第にぼんやりとしてきた。 まるで雲を踏んでいるようだ。 こんなにちやほやされるとは想像もしなかった。
 初めに踊ったサンパトリック子爵に勧められるままに、小さなマカロンをつまんで口に入れると、意識が少しはっきりして、近くでしゃべっている貴婦人たちの噂話が聞こえてきた。
「それにしても今夜は盛会ね。 有望な若様たちがこんなに集まるなんて」
「ド・クリュニーの奥方がやり手なのよ。 ここで何組か縁談話がまとまるとするでしょう? そうなれば宮廷でのご夫妻の未来は安泰ですもの」
「凄いわよね〜。 モロー男爵の跡継ぎに、若いポルニック伯爵、カステルシャルム侯爵……」
「でもまさか、あの方まで顔を見せるとは。 ほんとに信じられないわ。 たしかレバン様の庭園で彼は……」
 声が次第に遠くかすみ、クロエの指からグラスがすべり落ちそうになった。 とっさにサンパトリックが指ごと握りしめて、こぼれるのを防いだ。
 いきなり手を握られたので、クロエはうたた寝から一挙に目覚めた。 目をしばたたきながら辺りを見回すクロエに、サンパトリックは優しく微笑みかけた。
「疲れましたか?」
 そっと彼の手から指を引き抜くと、クロエは火照った頬に左手を当てた。
「シャンパンのせいでしょうか……。 こんな華やかな催しには慣れていないので」
「座って休まれたらいかが? あちらへお連れしましょう」
 うまく体を割り込ませて他の取り巻きから遠ざけると、サンパトリックは再びクロエの手を取って導いていった。


 小卓の傍に置かれた椅子にクロエを座らせ、サンパトリックはハンカチを水にひたして顔が拭けるよう、庭に出て泉に向かった。
 残されたクロエが目線で伯母を探すと、ブランソー夫人は部屋の奥で知り合いの貴婦人たちと話に興じていた。 今、クロエはたった一人だ。 なんとなく心細くなったとき、すぐ後ろで高い笑い声がはじけた。
 それから、鼻にかかった女の声が聞こえた。
「私の記憶に間違いがなければ、確かにあれは私が捨てたドレスよ。 店の床に放り出して、踏みつけたの。 胸のところよ。 いくらリボンを替えたってごまかせないわ」










表紙 目次 前頁 次頁
背景:Star Dust
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送