表紙

 -10- 舞踏会場で




 ド・クリュニー夫人はブランソー夫人と抱き合って、軽く両頬にキスを交わした。
「いらっしゃい。 ようやく喪が明けて、来てくれたわね」
「ご招待ありがとう。 この子が姪のクロエよ」
 男爵夫人は、旗で飾り立てた戦艦のようなブランソー夫人の横に隠れるように立つ少女を、笑みを含んだ眼差しで見た。
「ようこそ、クロエ。 あなたのお母様をよく知っているわ。 とても優しい人だった」
「わしも覚えているよ」
 酒焼けした渋い声で、ド・クリュニー男爵も相槌を打った。
「独特の魅力がある人だった。 初めての舞踏会で、デグリューとお互い一目惚れしてね」
「そうだったんですか?」
 驚きのあまり、クロエは遠慮を忘れて問い返した。 すると男爵は若い頃に返ったように、たるんだ瞼を精一杯上げて、明るい表情になった。
「そうとも。 よい時代じゃった。 まだヴェルサイユに住んでいる者もいた。 前王の遺徳でな」
 それから彼は老人らしく不意に気分を変え、手を振って婦人たちを舞踏室に追い立てた。
「さあさあ、踊りなさい。 わしは男の付き合いで、カードをやることにするよ」
「あまり遅くならないでね、あなた。 座りっぱなしでお酒をあおるのは通風に悪いわ」
「乳母みたいなことを言うんじゃない。 じゃご婦人たちはお楽しみを。 特に可愛らしい君は」
 クロエに一瞬笑いかけると、男爵は杖に体重をかけて遠ざかっていった。


 レア・ド・クリュニー夫人は先に立って、親友とその姪を舞踏室の大広間に案内した。 中は玄関広間より更に明るく、壁はどこもかしこも枝打ち燭台におおわれているように見えた。 その上、これでもかと天井からは幾つも大きなシャンデリアが垂れ下がっている。 くまなく照らし出された部屋で、踊りまわる人々だけが磨きあげられた床に揺れる影を落としていた。
 踊り疲れた者、ダンスより噂が好きな連中、年配者や知り合いの少ない人たちが、踊りの輪の外に立ち、壁際を占領していた。 自分もそういう壁の花になるのだと覚悟していたクロエだが、意外にも数歩行かないうちに、重たげなレースの袖口を揺らした青年が人込みをかき分けて近づいてきて、うやうやしくダンスを申し込んだ。
「失礼ですが、朝方の薔薇のような麗しいお嬢様に、ぜひ一曲踊っていただけないでしょうか?」
 その声に振り返ったレア夫人は、柄付き眼鏡を持ち上げて彼を確認すると、すぐ笑顔になった。
「これはサンパトリック子爵、喜んでクロエ・デグリュー侯爵令嬢をお預けしますわ」










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