表紙

 -8- いざ出発へ




 舞踏会当日は朝から雲が多く、あいにくなことに昼食を終えるころから雨模様になった。
 パーティーはもちろん、広々としたド・クリュニー邸の大広間で催されるので、開催に支障はない。 それでも行き帰りに濡れるのは避けられず、せっかくの華麗なドレスが狭い馬車の中でしわくちゃになる危険があった。
 だからクロエはお灯明を供え、ひざまずいて懸命に祈った。
「雨が止みますように。 私のパリ初めての舞踏会が、月の光に包まれて美しく輝きますように!」


 天候に気をもみながらも、午後の四時になるとクロエの泊まる寝室にはずらりと着替えの揃いが並べられ、ブランソー夫人の小間使い二人とクロエ用の一人、それに化粧の名人ロマーヌがクロエをワッと取り囲んだ。
 まず最初に、頭からシュミーズをかぶせられる。 袖なしの長衣で、これが下着となる。
 それからコルセットで上半身の形を作り、下半身はパニエ(横に張った籠のような骨組み)とペチコートで盛り上げる。
 こうやって全身のスタイルを先にかっちり作ってから、ようやくドレスに手を通すのだ。


 服装がきちんと整ったとき、別室で着替えを終えたブランソー夫人が戸口から姿を見せた。
「まあまあ、ほんとによく似合うこと! ウェストを詰めてもらったからぴったりね。 ちょっとぐるっと回ってごらんなさい」
 大鏡の前で、クロエはジュップ(スカート)の端をつまんで、ゆっくりと体を回した。 すると、背中にたっぷり取ったひだがしなやかに揺れ、山形に開いたジュップの前面から覗く共布のペチコートが誘うようにきらめいた。
 ブランソー夫人は驚いて真顔になった。 クロエは自分がしたことに気付いていない。 ただ美しい衣装が嬉しくて、鏡の前で本能的にポーズを取っただけなのだが、その首のかしげ方、口の端にたたえた小さな微笑み、淡くけぶる琥珀色〔こはくいろ〕の瞳には、色香としかいいようのない自然な甘さがただよっていた。
 一息ついてから、夫人は咳払いして、だみ声で呟いた。
「それに、動きが人目を引くわ。 その点もリュシールと同じ。 教わって身につくものじゃないのよね」


 舞踏会は七時開始だ。
 定時より早く着くのはマナー違反なので、ブランソー夫人は馬車で行く時間を一時間と見込んで、六時半に出発することにした。
 前庭に馬車が用意された。 白大理石の輝く玄関前階段に出てみると、うれしいことに雨は少し前に止んで雲が切れ、まだ明るい空には、沈み行く太陽と並んで月と星がうっすらとまたたいていた。
 庭には水溜りが残っているものの、石畳の通路を使えばダンス用の絹のハイヒール靴が濡れる心配はなかった。 ブランソー夫人とクロエは身も心も弾ませて上等な馬車に乗り込み、御者席と後ろのお立ち台には着飾った供の者が四人並んで、一行はいよいよ、クロエの初顔見世の舞台に向けて、夕暮れの道に乗り出していった。










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