表紙

 -7- 顔みせ間近




 間もなく、クロエが最初に行く舞踏会が決まった。
 招待してくれたのは、ブランソー夫人の旧友で男爵夫人のレア・ド・クリュニーだった。 彼女の開くパーティーは上品で、乱れた雰囲気にならないため、社交経験の乏しい若い男女がデビューするにはうってつけだ。 そのためド・クリュニー夫人は厳しい目を光らせ、評判の悪い若者には招待状を送らないよう気を付けていた。


 その点、クロエには何の問題もなかった。 酒といえば地元名産の白ワインを食事時に飲むぐらいで、シャンパンの味さえ知らない。 それに男遊びどころか、ヨーロッパ全土で密かに流行っている密着ダンスを見たことがなく、名前を聞いてもきょとんとするばかりだった。
 そのことをブランソー夫人がド・クリュニー夫人に打ち明けると、ド・クリュニー夫人は笑って言った。
「それは今どき珍しい希少種ね。 喜んでデビューに協力するわ。 でも、しっかり手綱を握っていたほうがいいわよ。 純情な子はそれだけ免疫がないから、いくら大人が言い聞かせても誘惑に弱いものよ」
「わかってるわ。 私も二人の娘を育てたから。 その私が見たところ、クロエはうちの娘たちより落ち着いていて、調子に乗らないタイプなの。 あの子は道を誤らないと思うわ」
「まあ、あまりお固いのも考えものだけどね」
 四十を越えてもまだまだ美しいド・クリュニー夫人は、意味ありげな微笑で親友に目くばせした。


 十日後の舞踏会に行くことになったと聞いて、クロエは嬉しいと同時に、ちょっとあわてた。 歌やクラヴィア、詩の暗唱といった淑女のたしなみは身につけているものの、踊りは基本的なものしか知らない。 ブランソー夫人が今風の舞踏教師を雇って、特訓している最中なのだ。
 グランカドリール、パヴァーヌ、メヌエット。 覚えることはいくらでもある。 しかし時間は迫っていた。 懸命に覚えるクロエは、ステップを夢の中でたどるほどになった。


 期限といえば、仕立て屋たちも大慌てで服を作っていた。 その年の夏は穏やかな天気が続き、社交シーズンが盛り上がって、ドレスの注文が例年になく多く、お針子の手が足りないという。 手編みの高級レースをたっぷり使ったクロエの服は、焦ってもなかなか仕上がらなかった。
 そこで最初の舞踏会には、初めに買った水色のドレスを着ていくことになった。
「人のお古なんて残念だけど、内輪のこじんまりした集まりだから、これからの舞踏会の練習台のつもりで我慢してね」
「我慢なんて。 このドレスはとても気に入ってます。 軽くて動きやすいですし」
 ブランソー夫人に気の毒そうに言われて、クロエは急いで否定した。 本当に夏の空のように淡い水色のドレスが好きだったからだ。









表紙 目次 前頁 次頁
背景:Star Dust
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送