表紙

 -5- 前準備開始




 当時の上流階級の結婚は、ほとんどが社会的取り決めだった。 令嬢たちは厳重に管理され、家族か付き添いがいなければ男性と会うこともできなかった。
 そして時期が来ると、親や後見人が釣り合う相手を探し、結婚を取り決める。 娘の意見が取り入れられることは、ほとんどない。
 結婚式が行なわれるまで相手の顔を知らないということまであった。 肖像画を取り交わす王族のほうが、まだましかもしれない。


 その点、クロエは比較的恵まれていた。 婚約が決まる前に華やかなパリでデビューを許されたのだから。 もしかすると伯母が望むように、立派な相手に見初められて、玉の輿に乗る可能性もある。 ブランソー夫人が張り切るのは無理なかった。
 もちろん、危険はあった。 世間知らずの娘が海千山千の浮気男に騙されるのが一番怖い。
 だが、クロエの父は娘の賢さと信仰心を信じていた。
「うちの子が軽薄な女たらしなどに引っかかるわけがない。 クロエには人を見分ける力がある。 なんと、わたしまでが騙されかけた説教師を偽者と見抜いたのだ。 そいつは口がうまいだけでなく、なかなかの美男子だったのだがな」
「宮廷の伊達男たちは地方回りの詐欺師より危険よ」
 ブランソー夫人は義弟に注意したが、彼の信頼はびくともしなかった。
「いや、クロエは厚化粧の色男などに見向きもしない。 唯一の心配は、そいつらに襲われることだ。 だから護衛だけはしっかりやってほしい。 頼むよ」
「ええ、充分気を配るわ」
 責任の重さを痛感しながら、それでも久しぶりに大手を振って社交界に出られる喜びに胸おどらせて、ブランソー夫人は答えたのだった。




 長旅の後なのに、屋敷到着の翌日、伯母と姪は元気一杯で目覚めた。
 軽焼きマフィンとハムとクリームという軽い食事を取りつつ、二人はますます活気づき、さっそく街に繰り出して早めに服を仕立てようという話になった。
 ワイングラスを手に、ブランソー夫人は計画を立てた。
「まず私がひいきにしていたパダンテールという服屋に行ってみましょう。 そこが時代遅れになっていたら、もう一つあてがあるのよ。 カトリーヌ・ボネという若い女がやっている新しい店。 デュラン子爵の奥方が教えてくれた穴場なの。 流行の先端を行くおしゃれさんたちが、よくそこで注文するんですって。 ねえ、のぞいてみたいと思わない?」
「ええ、ぜひ行きたいです!」
 クロエも嬉しくなって、声を弾ませた。






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