表紙

 -4- 二人の追憶




 玄関広間から上階に通じる階段もまた、豪華だった。 なだらかに曲線を描いて左右対称に作られ、中ほどでいったん合体してからまた広がってゆく。 余分な距離を上らされるわけだが、その分だけ段が密になっていて、踏み外す心配は少なくなっていた。
 旅行用の、広がりが少ないスカートを持ち上げながら、若いクロエは生き生きと階段を上がっていった。 斜め前を進むブランソー夫人ジョゼットは、少し息を切らせつつ説明に入った。
「この階段はね、玄関から入ってくるお客様に新調のドレスを見せびらかすためのものよ。 孔雀のようにゆっくりと降りて、圧倒するの。 社交界にはね、クロエ、虚勢が大事なのよ」
 クロエは思わず、低い段差なのにつまづきそうになって、足に力を入れた。
 いきなりそう言われても……。 ついこの間まで、堅苦しい学校生活から解放された嬉しさで、わざと小さくなったつんつるてんのスカートを穿き、庭でアヒルを追いかけたり小川に入って小魚を手掴みしようとしていたのに。
 クロエの母は美しい人だった。 彼女が三つの時に、短い病で世を去ったため、姿を思い出せないのだが、肖像画を見るとなめらかな額とうるんだ眼の優美な顔立ちをしていて、いくら眺めても飽きなかった。
 ああいう人なら豪華な衣装にも負けないで、みんなの注目を一身に集めるだろう。 でも、自分のような日焼けした小娘では、とてもとても。
 クロエの心の声が聞こえたように、ブランソー夫人は陽気に言い添えた。
「あなたはお母さんのミラベルより、妹のリュシールのほうに似ているわ」
 やっぱり。
 クロエががっかりしかけたとき、伯母は考えてもみなかったことを口にした。
「ずっと派手なのね。 お化粧のしがいがあるわ。 うちの小間使いのロマーヌは手先が器用で、私の顔をそれは上手に作ってくれるのよ。 あなたにも貸してあげるわね。 楽しみだわ。 どんなに評判になるか!」


 クロエに割り当てられた部屋もまた、階段のように優雅でたっぷりしていて、ぜいたく品の宝庫だった。
 あちこちに優雅な猫足の椅子やカウチがさりげなく散らばり、楕円形のテーブルは天板が贅沢にも赤瑪瑙〔あかめのう〕で上張りされていた。 部屋の中ごろには天井からどっしりした絹の緞帳が下がっていて、必要なら半分に仕切って使えるようになっている。 揃いの高価な緞帳は窓にもかけてあり、どれも若い娘が夢見る淡いピンク色をしていた。
 思わず胸に両手を組み合わせて、クロエは溜息をついた。
「まあ伯母様、何て綺麗なお部屋でしょう!」
 ブランソー夫人は戸口に手をかけて、誇らしさ半分、わびしさ半分の口調になった。
「娘のベルナデットの部屋だったの。 嫁いで三年になるわ。 私と気が合って、いい話し相手だったから、いなくなって寂しい」






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