表紙

 -3- 屋敷は豪華




 夕闇が日光との戦いに勝利を収める頃、三台の馬車は意気揚々とパリの大門をくぐった。
 番兵に許可されて無事に通り抜けた後、ブランソー夫人はほっとして、レースのキャップで旅の乱れを隠した頭を大きく振った。
「よかったわ、まだ日のあるうちに着いて」
 こんな時間に市内に入る者は少なく、そろそろ商売や仕事を終えて郊外の家に戻る物売りと農民が列を成していた。 その横を飛ばしていく馬車の車輪が、容赦なくぬかるみの泥をはね上げるため、てんでに籠や手押し車を持った民衆から罵りの声が上がった。


 国の主要道路は整備しても、パリ市内の道は密集した建物群のせいで広げることができず、まるで迷路のように入り組んだままだった。
 その狭くわかりにくい道筋を、馬車はいとも楽々と縫って進んでいった。 御者のヤンは下町生まれのパリっ子で、口は悪いし噛み煙草で歯は真黄色に染まっているが、市内の道にかけては地理院の学者先生より詳しかった。
 ヤンが採った近道のおかげで、三台の馬車は一時間ちょっとで目的の屋敷に到着した。 バラデュール広場に面した大理石造りの館は、正面をギリシャ風の柱で飾り、その足元から半円形の段がせり出しているというデザインで、劇場のように豪華だった。
 もう道は暗いが、屋敷の前にはかがり火が二つ焚かれ、明るく照らし出されていた。 ヤンは馬車の横につけたランタンを抜いて身軽に降りた。 馬車の後部に立ち乗りしていた従者も同じように灯りを手にして飛び降り、馬車の横に回って足台を開いてから、女主人と客の降車を助けた。
 帰宅に気付いた厩係が次々と出てきて、空になった馬車を置き場に誘導した。 その後で荷降ろしがあり、旅の荷物は裏口から入れられる。 ブランソー夫人はそんな雑事は召使に任せて、フード付きのマントをはためかせながら姪の腕を取り、石段を踏みしめて上がっていった。 並んだ二人の影がかがり火の灯りで揺れ、段と道に長く尾を引いた。
「やれやれ、やっと帰り着いたわ。 聖クリストフェル様(旅の守護聖人)、ありがとうございます!」
 一面に彫刻をほどこした大扉を見つめて、クロエは圧倒された。
「予想した以上に立派なお屋敷ですね」
 それほどでもない、と言いたそうに、夫人は手を振ってみせた。
「夫の祖父がね、変わった人で、家畜の改良が趣味だったのよ。 それがたまたま当たって、とてもしなやかな長毛の羊を作り出したの。 その毛が高値で売れて、この屋敷になったわけ」
「才覚のある方ですわ」
 クロエは素直に感心した。


 従僕の手で、二枚の大扉が大きく開かれた。 すぐ目に飛び込んできたのは、玄関広間のドーム型天井から吊るされたシャンデリアだ。 蝋燭立ての輪が四段重なっていて、間を金鎖と水晶がレースのように繋いでいる。 止め具まで繊細な彫りがほどこされているので、重みに耐え切れず落ちてくるのではないかと、クロエは下を通るときずっと目を離せなかった。







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