表紙

 -2- 父のことば




 侍女や供回りの者たちと一晩泊まると、目的地のパリまでは後一日の旅となった。
 その朝も薄曇ながら天気はまあまあで、クロエはいっそうわくわくしてきた。 夕方までにはパリの城門を入り、狭くて気を遣う旅籠〔はたご〕ではなくて、広々としたブランソー家の優美な寝室に身を休めることができる。
 それから町見物、買い物、公園での散策に郊外の乗馬、そしてそして、様々な貴族邸でのお茶会や舞踏会が続く。
 頂点はヴェルサイユでの大夜会だ。 故郷で作ってきたドレスでは、とても足りないだろう。 せめて宮殿でのパーティーには、ふさわしい豪華衣装を着せてやりたいと、父は領地外れに三ヶ所ある水場の一つを売って、二万五千リーブルという大金を一人娘に持たせていた。


 この旅には、本当は二つ年上の兄も同行する予定だった。 だが、兄のユベールは森で狐狩りをしている最中に落馬し、右足を折る重傷を負って、来られなくなってしまった。
 本人はとても残念がったが、父は苦虫を噛みつぶしたものの、こんな言葉で彼を慰めた。
「折ったのが首の骨でなくて、不幸中の幸いだった。 ここの跡継ぎはおまえで、頼りにしているのだからな」
 そして、仲良しの娘にはこっそり耳打ちした。
「あいつは元気でいい息子だ。 だが町の学校に行ったことがないから、あまりにも世間知らずだ。 今度は願いに負けておまえと行かせることにしたが、実は心配だった。
 大都会には悪い誘惑が多い。 しかもそれが皆、抵抗できないほど面白いときている。 純情なあいつが賭け事と女遊びで身を滅ぼしたら大変だ」
 そう心を明かしてから、父はクロエの肩に手をかけて念を押した。
「その点、おまえの方が信用できる。 派手なことは嫌いだし信仰心も篤く、無駄遣いもしない。 気性は明るくてしっかりしているしな。
 それでも不安はある。 できればわたしがついていきたいが、ユベールは動けないしアレクシ(クロエの弟)はまだ幼くて、土地の管理は任せられない。 だから伯母上のいうことをよく聞いて、道を踏み外さないように」
 きっちりと娘に言い聞かせた後、父のガエタンは最後に一言口にした。
「いいか、男の甘い言葉に惑わされるな。 それが何より大切なことだぞ」





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