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表紙

誓いは牢獄で  49


 低い声が、哀愁を帯びた。
「再会しても見分けがつかないだろうと予想していました。 牢屋では汚れ切っていたし、殴られて顔が倍くらいに腫れていましたからね。 でも、泉で出会ってしまったときは、心臓が止まるかと思いましたよ」
 本人とも知らず、盛んに偽『バーンズ』の作り話をしたことを思い出して、コーネリアは顔から火が出そうだった。
「人が悪いですわ、二人とも。 ご主人の肖像画はないのか、なんて訊いたりして」
「あなたが『バーンズ』をどうするつもりなのか、知りたかったんです。 貿易船で沈没したことにするのは、いい考えでしたね」
「止めてください、恥ずかしい」
 コーネリアは真っ赤になって下を向いた。 綺麗に結い上げた髪を、バージルはそっと指で撫でた。
「あなたが本当に愛しかった。 あの夜、不審な物音がして、あなたが降りていくのを知り、守ろうと思って後をつけました。
 でも、わたしは失敗をしてしまいました」
 驚いて、コーネリアは激しく顔を上げた。
「いいえ! 命を救ってくださったわ!」
「いや、殴って気絶させ、遠くへ運んでから始末すべきだったのです。 あいつが敵のキルビーで、おまけに厚かましくもバーンズと名乗っているのを聞き、目の前が真っ赤になって、ついあの場で刺し殺してしまいました」
 豊かなコーネリアの髪に、バージルは頬ずりした。
「そのせいで、あなたを危険な目に遭わせた。 後悔してもし切れません」
「あれはホリスのせいです。 彼が私を殺人犯にして、この土地を乗っ取ろうとしたんです」
「あの男は、あなたを脅して結婚しようとしただけですよ」
 バージルは穏やかに言った。
「彼は彼なりにあなたを愛している。 財産とあなたと、両方を狙ったんです」
「そんな結婚、処刑台と同じぐらい嫌です」
 コーネリアは呻いた。


 コツコツと、ガラスを遠慮がちに叩く音がした。 バージルが見ると、フランス窓の向こうにトーマスが立っていた。
「失礼」
 コーネリアの耳元に囁いて立ち上がって、バージルは友の傍へ行った。
「ダーリンプルは大丈夫だ。 念のため、少し後をつけてみたら、うきうきと死体を連れて、間違いなくロンドンへ帰っていった。 賞金八十ポンドと大事な仕事があるからな」
「ありがとう」
 二人は、しっかりと手を握り合った。
「君には本当に世話になった」
「よせよ、水臭い。 いろんな経験ができて楽しかったよ」
 トーマスは笑い、部屋に入ってコーネリアに一礼した。
「これから改めて出発します。 どうかお幸せに」
 コーネリアは立ち上がり、両手を差し出した。
「お心遣いありがとうございます。 どれほど感謝しているか、言い尽くせません。 あなたは素晴らしい方だわ」
 明るいトーマスの顔に、晴れやかな笑いが広がった。 コーネリアの手を取って、両方に代わる代わる唇をつけてから、彼は嬉しそうに言った。
「落ち着いたら、どうぞうちにも来てください。 妻のホリーと五人の子供たちが歓迎しますよ。 もうじき六人目を授かるところで、残念ながら今度の旅に妻を連れてこられなかったんですが」
「まあ……」
 二十代半ばと思えるトーマスの意外な子沢山に、コーネリアは思わず絶句した。
「それはおめでとうございます」
「心からのお誘いですからね。 正式な結婚の運びになる前に、ぜひ一度おいでください」
 楽しげに言い残すと、トーマスは再び馬に乗って、軽やかに去って行った。
 そのいそいそした後ろ姿を、コーネリアはバージルと寄り添って見送った。 もう別れの悲しみはなく、再会の期待と将来への夢で、胸がはじけそうに膨らんでいた。


【完】













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