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表紙

誓いは牢獄で  1


 新王がドイツから来るなどと世間が騒いでも、テムズ川沿いの監獄にいる連中には、どうってことはなかった。
 新しい王様が借金を払ってくれるわけじゃなし、替わりに絞首台へ上ることもない。 囚人たちは身の不幸を悲しむか、飲んだくれて忘れるだけだ。


 旧ロンドン市内からテムズ川を越えると、ホーボンという地区があって、フリート監獄が置かれている。
 ここは主に金のない債務者、つまり借金を払えなくなった人々が入る牢屋だ。
 その東に、フリートよりも遥かに怖れられている監獄があった。
 ニューゲイトだ。


 十二世紀にヘンリー二世の命令で作られたニューゲイト牢獄は、立派な門を持つ壮麗な建物だった。 単に表から見ただけなら。
 中がゴミ溜めより汚くなったので、一六七二年に一万ポンドの大金を投じて立て直された。 今度は外壁にごてごてと彫刻がつき、正義・自由などと名前が彫られた。
 だが、肝心の牢屋は、ろくに窓さえついていない真っ暗な小部屋に仕切られていて、不潔で風通しが悪いため、毎年百人近くの囚人が病死した。


 そんな陰気な建物の前に、優雅な扇形の四輪馬車が横付けされたのは、木の芽が顔を覗かせはじめた四月半ばの昼下がりだった。

 米粉を振ったかつら頭の従者が、馬車の後ろから飛び降りて、中の貴婦人をうやうやしく助け下ろした。 その後から、小間使いと中年紳士が下りてきた。
 紳士は、ステッキの石突〔いしづき〕で地面を叩き、高い声で呼ばわった。
「ダーリンプル! ダーリンプルはどこだ!」
 すぐに鉄格子の門が開いて、熟したトマトのような赤鼻の大男が飛び出してきた。
 彼は、丁重に帽子を脱いで紳士と貴婦人に一礼し、酒やけした声で言った。
「お待ちしておりやした。 ご注文通り、見つけておきましたでやすよ。 明後日、首吊りになる死刑囚を」


 その言葉を聞くと、貴婦人は弓形の眉をひそめ、小さく咳払いした。 それから、辺りをはばかる低い声で尋ねた。
「相手は承知なの? つまり、私と結婚することだけど」
 赤鼻のダーリンプルは、垂れた腹をそり返らして笑った。
「承知もなにも、わしに逆らう奴はおらんでやす。 奴は、古くからいる囚人どもに睨まれておりやしてな。 始終揉め事を起こすもんで、最上階にある特別室に入れて、ならず者から引き離してやると言ったら、喜んで承知しましたわい。
 お嬢様はわしに任せて、大船に乗った気でおらっしゃい」
「六十ポンドも払ったのだからな。 当然だ」
 中年紳士が、面白くなさそうに鼻を鳴らした。






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