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表紙

誓いは牢獄で  47


 バージルが自分に向かって若鹿のように駈けてくるのを、コーネリアはぼうっと見つめていた。
 目の前で起きていることが、夢としか思えなかった。 彼が去っていくと覚悟して、すっかり諦めた後なのだから。
 バージルは、立ち尽くしているコーネリアの前で急停止した。 息が切迫し、胸は大きく上下していた。
 ほとんど触れるほどの近さだった。 だが、彼はきちんと足を揃えて姿勢を正し、慎ましく囁きかけた。
「もしかしたら、わたしが去るのを悲しいと思ってくれますか?」
 コーネリアは激しく瞬いて、涙を振るい落とした。 ふっくらした唇が、眠くてたまらないのを我慢する子供のように曲がった。
「……ええ、心から」

 そのぎこちない一言で、バージルには充分だった。 両腕を思い切り広げると、彼は骨がきしむほどコーネリアを抱きしめた。


 フランス王宮の庭に飾られているという『愛の像』のような二人を眺めて、ダーリンプルが前を行くトーマスに話しかけた。
「どうやら、収まるところに収まったようでやすね」
 馬の速度を落としたものの、足を止めさせずに、トーマスは答えた。
「そうだな。 あと心配なのは、勝手に動くおまえの舌だけだ」
 大慌てで、ダーリンプルは馬車を急がせ、トーマスの馬と並んだ。
「わしの口は堅いでやすよ。 牡蠣よりこじ開けるのが大変なぐらいで」
「その言葉を、よく覚えておくように。 おまえ、バーンズを四回も殴ったそうだな。 彼はああ見えて、結構執念深いんだぞ。 牢の中で彼を暗殺しようとしたキルビーに、きっちり復讐したんだからな、ほら」
 馬車に載った塊をトーマスが顎で示したのを見て、ダーリンプルは青くなった。
「わしは何も言いません。 そもそも、何も知りゃしませんて。 薄汚いバーンズが、実は罠にかかった侯爵さまだったなんて……」
「黙れバカ! 本当に始末されたいか!」
「めっそうもない! わしだって貴方様やあのお方が大貴族で、敵に回したら怖いのをよーくわかっておるでやす。 くわばらくわばら」
 そう呟いてから、ダーリンプルは狡そうに、横目でトーマスを探った。
「で、いずれ旦那方は領地へまっすぐお帰りでしょ? ロンドンには行かれないと。 それに、八十ポンドなんていうはした金には興味ないでやすよね?」
「キルビーの賞金か? おまえの勝手にしろ。 ただし、この件で金が入るのは、それが最後だぞ。 わかったな」
「へい」
 門を出ると、ダーリンプルは口笛を吹きそうな上機嫌で、道を左に取った。 その際、トーマスに帽子を脱いで別れの挨拶をするのを忘れなかった。









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