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誓いは牢獄で  45


 コーネリアは、ぼんやりとした顔でトーマスの話を聞いていた。
 見かけは無表情だが、頭の中は激しく動いていた。 気絶している間にも、潜在意識は勝手に活動し、おぼろげな影を呼びさましつつあった。 その揺れ動く影が、トーマスの語りにつれて、次第に一つの形へとまとまり始めた。
 トーマスは両手を組み合わせ、指の合わせ目に視線を置いた。
「監獄じゃ、金がなければネズミより惨めです。 与えられるのは薄い粥一杯だけ。 他にパン一切れもらうのに二ペンス、安物の肉なら五ペンスっていうふうに、すべてが金次第ですから。
 無一文のバーンズは、そのうえ牢屋の中で刺客まで差し向けられて、おちおち眠ることもできなかった。 だから、あなたとの結婚を承知したそうです。 安全な上の階に行かせてもらい、せめて処刑の日までぐっすり眠るために」
 知らぬ間に、コーネリアは唇を強く噛んでいた。 そんな不幸のぎりぎりにいた男に、彼女は無理やり結婚証明書にサインさせたのだ。
「でも、あなたがそっと渡した金貨で、すべてが変わった。 まさに地獄から天国へでした。
 バーンズは、金貨の一枚を使って友人を呼びました。 友人は裁判記録を訂正させ、バーンズなる殺人者がこの世にいた痕跡を、すべて消したのです。 だから」
 一呼吸置いて、トーマスは顔を上げ、利発そうな眼でコーネリアに微笑みかけた。
「もうジョン・バーンズは存在しません。 船と共に沈んだか、急病で亡くなったことにしてくださって、一向に構わないんですよ」


 存在しない。
 そう、初めから、ジョン・バーンズという人間はいなかったのだ。 その平凡な名前は、偽名だった。
 『彼』は、罠にはめられた。 理由はわからない。 ただ、念のため牢獄内に刺客を入れるほど強く、命を狙われていた。


 コーネリアは、震える瞼を閉じた。
「公式な裁判記録を消せるのは、新しい証拠が提出されたときか、または囚人が高い身分のときだけですね?」
「まあ、一般的には」
 トーマスは、控えめに答えた。
 彼が、打ち明けられる限界まで話してくれたのは、疑いの余地がなかった。 彼とバージルは、コーネリアを助けるためにできるだけのことをしてくれたのだ。
「そうですか。 ありがとう。 あなたは……あなた方は、私の命と名誉を救ってくださいました」
「わたしはほとんど何も。 感謝ならバージルになさってください。
 ご気分はもう直りましたか? それでは、我々はそろそろ領地へ戻ります。 キルビーの遺骸は、ダーリンプルが荷馬車でロンドンへ運ぶそうですからご心配なく」
 トーマスがすっと立ち上がるのを見て、コーネリアも上半身を起こした。
「またお目にかかれるでしょうか?」
 少しためらってから、トーマスは優しく言った。
「神のおぼしめしがあれば」









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