表紙目次文頭前頁次頁
表紙

誓いは牢獄で  26


 トーマスの声だ。 コーネリアはすぐ振り返った。
 すると、そこには見違えるような美青年が微笑んでいた。 きれいにウェーブさせた鬘〔かつら〕を被り、金糸の飾り紐で二列に縁取りした豪華な長上着に白絹の半ズボンを合わせ、ゆったりとしたコートで覆った姿は、若いエイミーばかりか慎ましいマリア夫人の目をも見はらせた。
 注目を浴びて満足したトーマスは、自信の中にも茶目っ気を覗かせてコーネリアの前に回り、腰を屈めると手を差し出した。
「素敵な舞踏会なのに、こんな若くお美しい奥方が片隅に坐ったままなんて、よくありません。 椅子はご年配の方々に譲って、さあ踊りましょう」
 ちょっとためらったものの、気持ちは動いた。 陽気な音楽と人々のざわめきにいざなわれるようにして、コーネリアはトーマスと共に、踊りの輪に加わった。

 カドリールは苦手だと言ったのは謙遜だったらしい。 トーマスは見事な足さばきで、複雑なステップをこなしていった。 横に並び、すれ違う度に、コーネリアと話を交わす余裕さえあった。
「ケントには初めて長居しましたが、本当にいいところですね」
「ええ、景色はいいし、人々も穏やかでしょう?」
「ハンプシャーもいいですよ。 ここから二十マイルぐらいのものですから、ぜひうちの荘園にもおいで下さい」
 それから、取ってつけたように付け加えた。
「もちろん、御主人とご一緒に」
「そういえば」
 さっきから考えていたくせに、今思いついたような顔で、コーネリアが尋ねた。
「バージル卿のお姿が見えませんね」
「あそこにいますよ。 ほら、あの壁のところに」
 斜めにステップするときに眺めると、確かに緞帳で飾られた壁に、背の高い姿が寄りかかっているのがわかった。
 一度ちらっと見て、コーネリアは思わず二度見返してしまった。 トーマス以上に、正装のバージルは印象が違っていた。 まるで別人だ。
「あの水色のコートは、町の最新流行ですか?」
 自分も振り返って、トーマスは可笑しそうに言った。
「そうです。 彼はもともと地味な奴でね、パーティーがあるからって慌てて仕立て屋に頼んだら、張り切った仕立て屋が舞台衣装みたいなのを作ってしまったんですよ」









表紙 目次文頭前頁次頁
背景:Star Dust
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送