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表紙

誓いは牢獄で  8


 証書を見つめているうちに、ホリスの肩がゆっくり落ちていった。 ようやく事態の深刻さを悟ったとみえる。 声に耳障りな雑音が混じった。
「では、わたしの申し込みはまったく考慮されなかったということですか?」
「いえ、真剣に考えさせていただきました」
 コーネリアは本心からそう答えた。
「でも、理性が情に負けたのです。 恋は思案の外、と申しますでしょう?」
「ジョン・バーンズとやらは、それほど魅力的でしたか」
 囚人の雑草のような頭と憎々しい小さな目を思い出して、コーネリアは危うく苦笑いするところだった。
「はい、私には」
 賭けに負けたと悟ったらしく、ダグラスは足をふんばって椅子から起き上がった。
「まあともかく、お祝いを申し上げなければなりませんな」
「ありがとうございます」
「ファーディナンド翁の遺言には、いちおう叶っておりますからな。 亡くなって一年以内の四月二十日の夜までに、英語を話せる十八歳以上の五体満足な男子と結婚すること。 確かそうでしたな?」
「はい」
「さもなくば、二年以内に必ず一族の男子と縁組すること」
 ホリスの冷ややかな声が割り込んできた。
「そうなると願っていたのに、残念です。 本当に残念だ」


 二人が不機嫌そうに馬車へ乗りこむのを、コーネリアは『灰色鹿の間』の窓から覗いた。 馬車は、出発するとすぐ乱暴に方向を変え、みるみる小さくなっていった。 その後ろ姿を目で追いながら、コーネリアは考えていた。
――おじいさまは遺言で、結婚しろと言い残しただけだ。 たとえ夫がすぐ死んでしまったとしても、違反にはならない――
 これで、安心して領地で暮らせる。 もう誰も、彼女の好きなグレーダンの泉や小作人に貸している畑地、豊かな牧草地を切り売りする人間はいないのだ。
――しばらく経って、ほとぼりが冷めたら、夫が亡くなったと発表しよう。 貿易船が沈んだとか、東洋で強盗に襲われたとか、言い訳はいくらでもつく――
 今日は『夫』の処刑日だ。 できるだけ苦しまずにあの世へ行けますように、と、これから礼拝堂に行って祈るつもりだった。







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