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表紙

誓いは牢獄で  4


 式、と言っていいならばだが、ともかく誓いは猛スピードで進んだ。 牧師の言葉を早口で繰り返した後、紳士がポケットから出した指輪を男に渡した。 何の飾りもない金の指輪だった。
 垢だらけの黒い指が、白く細い指にリングを嵌めた。 見かけによらず繊細な仕草で、汚れた指先はほとんどコーネリアの手に触れることはなかった。

 手続が終わると、付き添いの紳士はホッとした様子で、書類を確かめてからコーネリアに渡した。
「これで何の問題もありません。 おめでとうございます」
「ありがとう、オーガストさん」
 紙をくるっと巻きとると、コーネリアは馬車へ向かう前に、なんとなく哀しげな表情で死刑囚を見返した。
 形のいい唇から、祈りに似た言葉が漏れた。
「天国でもっといい暮らしが待っていますように」
「こいつの行き先は地獄でさあ」
 遠慮なく、ダーリンプルがそう言って、からからと笑った。



 馬車の中に一同が収まると、すぐ御者とフットマンが外の席に飛び乗って、車は出発した。 用事は済んだのだ。 大切で、しかも緊急な用事だった。
 後は、一刻も早く領地に戻る必要があった。 ロンドンからケント州のベルウィッチまで、約六十マイル。 時速十五マイルで飛ばしても、休みなしで四時間かかるのだ。
 でこぼこの道路を急がせると、大変な揺れ方だった。 舌を噛みそうで、話すのも難しい。 街の道が汚物で不潔だったため、郊外に出て草原が広がると、乗っていた者たちはほっとして、一斉に息をついた。
 中年紳士のオーガストが、揺れたはずみで床に転がった杖を拾い上げた。
「いやはや、最初に決意を聞かされたときは、どうなるかと思いましたが、なんとか成功したようですなあ」
「ええ。 いろいろお世話になったわ」
 繻子〔しゅす〕の吊り紐にしっかり掴まって、コーネリアは唇を引き締めた。
「後は、夫が生きていると信じさせること。 ベティ、わかったわね? どんなにうまく話しかけられても、うっかり『旦那様』の正体を口に出しては駄目よ」
「もちろんです、お嬢……奥様」
 驚いた猫のような顔をした小間使いは、大きく首を縦に振って、口が堅いことを見せようとした。








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