表紙目次文頭前頁次頁
表紙

誓いは牢獄で  3


 中年の紳士は、牧師に書類を渡してせき立てた。
「さあ、早く済ませてくれ。 その男は、字が書けるのか?」
「さあ」
 よれよれの僧帽を被り直してから、牧師はあやふやな声で答えた。 紳士はじれて、舌打ちした。
「じゃ、あんたが代わりに書いてもらおう。 ええと、ジョン・ジェームズ・バーンズと、ここに」
 小間使いが、携帯用のペンとインク壷を入れた箱を差し出した。 だが、牧師が手を伸ばすより先に、ぼろ布の塊がいきなり腕を振り上げて、羽根ペンを掴んだ。
 あまりに突然だった。 小間使いはぎょっとして、箱を落としかけて慌ててバランスを取った。 紳士も思わず身構えた。
 若い貴婦人だけが、目立った動きをしなかった。 彫像のように姿勢をまっすぐにしたまま男を見ていると、彼は牧師から紙を引ったくって、小さな目をさらに細めて読み始めた。
「以下の者たちを神の御前で夫婦となす。 コーネリア・ヘレン・ランズフォード」
「私の名前よ」
 貴婦人が、毅然とした口調で言った。
 死刑囚は書類から顔を上げ、かすれ気味の声で冷ややかに切り返した。
「そんな気取った名前の女と夫婦になるのか、この俺が!」
 この不遜な受け答えを聞いたダーリンプルが、物も言わずに杖を振り上げ、男の背中を容赦なく打った。 弱った男は、一も二もなく膝を崩し、ぶざまに地面に倒れてしまった。
 コーネリア・ランズフォードは顔をしかめた。 鋭い声がダーリンプルに飛んだ。
「殴らないで! 逃げようとしたわけじゃなし」
 そして、服が汚れるのに構わず、膝を折り曲げて男の横に身をかがめた。
 同時に、手袋の中に忍ばせていた金が男の手に渡った。 立ち上がり際に、コーネリアは、ごく低く囁いた。
「まだ二日、人生が残っているわ。 これで最後の贅沢をして」
 それから、看守に聞こえるよう、声を大きくした。
「よかった、気絶してないようだわ。 あまり長くここにいたくないから、この人がちゃんとしているうちに式を挙げましょう」
 男は、意外なほどの素早さで、金を皺だらけの半ズボンに隠した。 それから、地面に座りこんだまま、書類にすらすらとサインして、牧師に渡した。
 受け取った牧師は咳払いして、だみ声で言った。
「式をするから、立ってくれ。 そして、ここに来て並んで」








表紙 目次文頭前頁次頁
背景:Star Dust
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送