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 セルジュはよろめいた。 普段はいきいきとした顔が死人のように青ざめ、膝から力が抜け落ちていった。
 シルヴィーはすました顔で立ったまま、気配で幼なじみの動揺を感じ取っていた。 さりげなく腕に下げたポーチには、ことの次第を詳しく書き綴ったマール自筆の手紙が隠されている。 それは、愛人の大親分に頼んで使者を麻薬で眠らせ、奪い取ったものだった。
 やがてセルジュはぶるっと体を震わせ、落ち着こうとした。
「おまえの言うことなんか当てになるか。 あの人を殺そうとした女じゃないか」
 意地悪げに口を曲げて、シルヴィーはすかさず言い返した。
「じゃ、行ってごらんよ。 自分の眼で見たらいい。 プロヴァンスのサクレ・クール寺院で、六日後の水曜日だよ」
 シルヴィーは勝ち誇っていた。 可愛さあまって憎さ百倍というやつだろうか。 だが調子に乗りすぎて、いくらセルジュが冷静沈着でも限界があるということを忘れていた。
 セルジュの顎に力が入って、鉄のかたまりのように盛り上がった。 低く押えた声が、シルヴィーの耳をかすめた。
「ありがとうよ。 礼に、おまえが『たらしのドゥガール』と人目を忍ぶ仲になってるって、おまえの親分に教えてやる。 それであいこだな」
 シルヴィーの眼がたちまち吊り上がった。 口が痙攣して止まらなくなった。 ドゥガールは美男で、どことなくセルジュに似ているので夢中になってしまったのだが、密かに情を通じていることを親分に知られたら、殴られるぐらいではすまない。
 セルジュのほうでもしっかり自分の弱みを握っていたのだとシルヴィーが悟ったときはすでに遅く、彼の姿は目の前から消えていた。

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 トーメ侯爵は、彼にしては最大限の譲歩をして、午前十時という昼日中に寺院へやってきた。
 祭壇の前で、花嫁と花婿は初めて顔を合わせた。 トーメはマールの顔立ちよりも、むしろしっかりとした手に興味を抱いたらしく、薬指に結婚指輪をはめるとき、ぼそっと呟いた。
「役に立つ手だ。 マメまでありますね」
「武芸はうちの伝統で」
 マールは落ち着いて囁き返した。

 トーメは親戚と仲が悪かったので、秘書のガニシェがただ一人の参列者だった。 一方、マールは両親と二人の兄、腹心のデュパンらが総勢十人でやってきて、なんだか釣り合いが悪かった。
 式半ばで、シャルルがそっと涙を拭った。 どうも感激しているらしい。 アンリはその様子を隣りで見て、笑い出しそうになっていた。
「政略結婚なんだぞ。 あの二人が手も握らないのはわかりきってるじゃないか」
「握ってる。 見ろ」
「あれは祭壇に上がるときの儀式だよ」
「でも、マールがなあ、わたしたちのたった一人の妹が、大人になって嫁入りとは」
「やめろ、そんなに感傷的な奴とは知らなかったぞ」
 アンリはへきえきして、ハンカチを出してわざと弟に押しつけてやった。
 その動作の途中で、大窓の外に動くものを目が捕らえた。 何か嫌な予感がして、アンリは隼のように素早く顔を向けた。



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