カッカッという闊達〔かったつ〕な蹄の響きが前庭に入り、バサッという音が続いた。
下の広間で、立ったままワインの瓶を開け、ぐい飲みしていたアンリが、眼を上げて呟いた。
「親父どのだ。 とすると、次は庭を突っ切って『曙の間』に入り、大声あげて……」
「おーい、エレ、エーレー!」
「やっぱり」
ひょいと肩をすくめて、アンリは苦笑いした。
「うちに帰って親父どのがすることといえば、母様を捜すか馬の訓練をするか、それとも俺を怒鳴りあげるか、それだけだからな」
「わたしも怒鳴られるよ」
ゆったりと椅子にもたれて脚を組んだ青年が答えた。 青い眼に淡い金髪で、十代までは天使のようだと騒がれた美貌の持ち主だったが、今は運動不足がたたって丸顔になりかけていた。
「書類に鼻を埋めてばかりいないで、少しは狩りをしろ、教練に参加しろ、この前なんか庭を走り回れと言われた」
「犬ころと間違えてるな」
あっという間に空にした瓶を振り回して、アンリ武官はおどけた。
「来い来い、ウサギだぞ、追っかけろ、シャルロ!」
「もうシャルロと呼ばないでもらいたいね。 わたしは二十三。 れっきとした大人なんだぜ」
幼名で呼ばれて、シャルル・ルイは顔をしかめ、気取って立ち上がるとハンカチで鼻をかんだ。
「大人ねえ。 浮いた噂ひとつないくせに。 どうだ? 今日は珍しく二人とも休みなんだから、『薔薇の園』にでも行かないか? 新しい女が入ったんだが、それがすごく可愛い子で……」
「シッ」
さっそうと大股で入ってきた人影に気付いて、シャルル・ルイは慌てて口に指を当てた。
「マールの前でそんな話は止めてくれ」
「あくまでもいいお兄さんでいたいか」
小声でからかってはみたものの、アンリもただ一人の妹には弱く、だらしなく開けていた制服の前をさりげなく合わせて、瓶を窓辺に置いた。
広々とした部屋の端に姿をあらわした少女は、二人の兄を見つけると眼を輝かせて走りより、まずシャルルに、それから背の高いアンリには伸びをして、頬にキスした。
「わあ、久しぶり! それも二人一緒だなんて!」
「ほんとに久しぶりだ。一ヶ月ぶりかな」
「俺なんか半年ぶりだよ」
マールは兄たちの胴に片腕ずつ回し、代わる代わる額をつけて甘えた。
「ねえ、お土産は?」
「あるよ」
シャルルが自慢そうにポケットから小箱を出すと、負けじとアンリも、外した長剣の横に置いてあった包みを持ってきた。
「ほら、今ローマで流行っている髪飾りだ。 おまえの栗色の髪に合うように琥珀〔こはく〕をはめ込んでもらった」
「まあ……」
ちらちらと金色の光を放つ飾り櫛を手に取って、マールは夢中で見とれた。
その前に、アンリの日に焼けた手がぐいと突き出された。
「こっちの方が何倍もいいぞ」
「なに?」
「開けてごらん」
急いで開いた包みの中身を見て、マールのはしばみ色の眼が倍近い大きさに広がった。
「わっ、凄い! 凄い、これ!」
それは柄に精巧な彫りをほどこした、護身用のナイフだった。
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