表紙
表紙目次前頁次頁文頭





−97−

 いつもは気さくな父の、珍しい登場の仕方に、マールは驚いて顔を上げた。
「あら、お父様」
 もう一度低く咳払いすると、フランソワは椅子を娘のそばへ引っ張っていって、どっかりと座った。
「話がある」
 マールは覚悟していた。 急がずに本を置き、父のほうへ体を向けて、聞く準備に入った。
「エレがお前のことを打ち明けてくれた」
「はい」
「それで……」
 言いにくいこと、この上ない。 ついに癇癪を起こしたフランソワは、猛烈な早口になった。
「わたしたちの孫にふさわしい男と結婚させる。 いいな!」

 マールは、率直な視線を父に投げかけたまま、しばらく無言だった。
 それから、決意を秘めた穏やかさで口を開いた。
「私には将来を誓った人がいます」
「そんなこと、わかっている」
 フランソワは鼻息荒く遮った。
「そいつの子供なんだろう? わたしにも覚えが……うふん、ともかく、結婚相手に白羽の矢を立てた男というのはだな、家柄最高、容姿も並み以上、頭脳明晰で……」
「お父様」
「聞け! 人柄も円満だ」
「欠点のない人なんですね」
 マールが皮肉っぽく言うと、フランソワは困って、髭をひねり上げた。
「いや……実をいうと、大変人だ。 昼間寝て、夜起きている。 女にも男にも興味がない。 金持ちなのに正装は一揃いしか持っておらず、十年も流行おくれの服で平気で町に出てくる」
 マールは膝に手を重ねて殊勝なポーズを取っていたが、我慢できずにくすくす笑い出した。
「それってもしかして、トーメ・ディアーブルですか?」
「そうだ」
 なぜかわからないが気が咎めて、フランソワの声が小さくなった。
「嫌か? どうしても嫌なら」
「ありがとう、お父様」
 驚くべき答えが返ってきた。



表紙目次前頁次頁文頭
背景:CoolMoon
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送