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 畑を仕切る低い柵が見えてきたので、エレは馬を止めて降りた。
「少しだけ休ませてくださる? あそこはいい腰掛になりそうだわ」
「そうですね」
 あまり気の進まない口調で答えて、トーメも下馬した。 供の者たちを声が聞こえない距離まで遠ざけると、エレはすぐ核心に入った。
「今日はあなたに縁談を持ってきたんです。 承知してくれれば、あなたがコンデ一族すべての後ろ立てと、ワインの卸値を相場の一割増で売る特典を手に入れられるよう取り計らいます」
 トーメは柵に寄りかかって長い脚を組み、空を見上げて星のまたたきの消え具合を確かめた。
「五時少し過ぎだな」
「見回り時間が後二時間になってしまったようね。 手短に話します。
 こちらの条件は、式を挙げ、世間的に夫として振舞うことだけ。 同居の義務は一切ありません」
 淡く残る月に目を据えたまま、トーメはいやに穏やかに尋ねた。
「子供の名前は付けさせてもらえますか?」

 エレはゆっくりと鍔広の帽子を脱ぎ、こらえ切れずに笑い始めた。
「やれやれ、歳を取って少しは人を見る目ができたと自惚れていたけれど、とっくに見すかされていたのね。
 もう取引ではなく、あなたの誠意にすがります。 娘の名誉と孫の幸せを守ってください。 私の願いはそれだけです」
 エレの声は熱情にあふれていた。 トーメは黒みがかった藍色の目を上げ、半分困り、半分は面白がっている顔でエレの瞳を窺った。
「お嬢様は、たしかマルグリットさんでしたね」
 エレはびっくりした。
「娘の名前をどうして?」
 トーメの顔がまた上向いた。 今度は雲が、彼の標的だった。
「わたしの数少ない友の一人が、アドリアン・フェデだったんです」



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