表紙
表紙目次前頁次頁文頭





−93−

 翌日さっそく、エレは供を三人連れてプロヴァンスへ向かった。 最初、フランソワは絶対についていくと頑張っていたのだが、国王が御前会議を開くと言ってきかず、泣く泣く諦めさせられた。
 その代わり、フランソワは一つのことを提案した。
「デュパンを連れて行け」
 横で澄まして短剣の手入れをしていたデュパンは、とたんに喉をつまらせて、慌てて傍にあったワインに手を伸ばした。
「殿! それはちょっと……」
「おまえとわたしは一心同体だ。 エレが鉄砲玉のようにかっ飛んでいくのを止められるのは、おまえしかいない」
 酸っぱい表情になって、デュパンはもう一杯、勢いよく酒を飲み干した。


 アヴィニヨンの旅館に泊まった翌朝、まだ日が昇らないうちに、エレは馬を引き出して侯爵邸へ向かった。
 欠伸を噛みころしながらも、デュパンはぴたりと横につけてきた。 一方、残りの従者二人はまだよく目が開かず、揺れる馬から落ちそうになっていた。
 それでも危ないところだった。 四人が林の小道から、開けた街道に出てきたとき、茶色のかたまりが薄暗い庭を斜めに走って、大門から外出しようとしていた。
 とっさにエレは帽子を脱いで打ち振った。
「侯爵! トーメ侯爵!」
 呼びかけられた相手は、馬を巧みに操ってぐるりと向きを変え、とことことエレのほうへやってきた。
 蝙蝠のような生活を送っているにしては、いやに爽やかな声が応じた。
「これはこれはコンデの奥方! 遠乗りにご一緒してくださるのですか?」
「ええ」
 エレはあっけらかんと答え。彼と轡を並べて速歩で進みはじめた。
――まったくこの貴族は、噂以上に変わり者だよ。 不意に大貴族の奥方様が朝霧の中から出てきて呼びかけても、顔色ひとつ変えやしない。 奇遇ですね、とか、遠路はるばる何の御用で、とか、普通言うもんだろうが――
心の中でぶつぶつ言いながら、デュパンはぐいと馬の鼻面を曲げ、つまらなそうに少し離れて護衛していった。
 



表紙目次前頁次頁文頭
背景:CoolMoon
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送