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 フランソワの厳めしい顔が引きつった。
「トーメ・ディアーブルか?」
 エレは強く首を振った。
「やめてよ、あなたまで『悪魔のトーメ』だなんて。 彼は生まれついての科学者で、星を観察するのが好きなだけよ」
「夕方に起き出して、昼前に寝るんだぞ。 彼が太陽を拝むのは午前中の二、三時間だけなんだぞ!」
「その時間に雲の動きや風向きを研究して、天気を言い当てては領民の種まきや収穫に役立てているそうよ」
「一日中、空ばかり見ているのか!」
「賭け事に凝るより遥かにいいわ。 それに、純粋でとってもいい人よ。 頭だっていいし。 クリストフにずっと領地を治めていてもらいたいと、領民みんなが思っているのよ」
「だろうな。 後釜を狙っている叔父一族は金に汚いろくでなしどもだ」
 クリストフ・トーメはプロヴァンスに広大な領地を持つ由緒正しい侯爵で、浮世離れしていることで有名だった。 宮廷には、呼びつけられないかぎり絶対に出仕しない。 自分の故郷が何よりも好きで、朝の散歩がわりに馬を駆って領地を一巡し、農民と膝を交えて話しこむ。 普段の服は、麻の胴着とよれよれの帽子で、一般民衆とまるで変わりなかった。
 フランソワは頭をガリガリと掻いて、机に寄りかかった。
「確かに、トーメなら家柄と品行は申し分ない婿君だ。 ある意味、申し分なさすぎる。 若い女を見ると、一目散に逃げるんだろう? 年配には、挨拶ぐらいはするらしいが。
 なあエレ、トーメが口をきく女性は、君だけなんだってな」
「そうよ」
 エレは自慢そうだった。
「急いでるときに、王宮の裏庭で裸馬に飛び乗ったの。 それをどこかで見ていたらしくて、馬を脅かさずにあんな乗り方のできる女性は初めて見た、ぜひ一度遠乗りに行きませんかって」
「だめだ!」
「行ってないわ」
 エレはにやっとした。
「時間が合わなくて。 でも、こうなったらもっと早起きして、彼を捕まえて話をしなくちゃ」」



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