表紙
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 シルヴィーの顔から血の気が失せ、狐のように鋭く尖った。
「兄ちゃんは酒場をもらった。 よかったよね。 これで日の当たるところへ出て、一生食いっぱぐれがなくなった。
 でも、私はどうなの? あんたにこしらえてもらった偽の推薦状で公爵の家の小間使いに入ったけど、公爵に息子たち、金も身分もある男たちが三人もいるってのに、まあ驚いた、誰も私に手を出さないんだよ!」
「残念だったな」
 セルジュはうんざりして呟いた。
「愛人の座を狙っていたとは知らなかったよ」
「間違えないで! 金と宝石を巻き上げたかっただけ。 そうすれば、あんたと一緒になったとき楽に暮らせるから」
「待てよ、シルヴィー」
 セルジュが、いやに静かな調子で遮った。
「俺がいつ、お前と一緒になると言った?」

 シルヴィーはひるまなかった。 一瞬たじろいだが、すぐ力を取り戻した。
「うちの親が決めたのよ。 シル、お前は大きくなったらセルジュのお嫁さんになるんだよねって、いつも母さんが言ってた」
「冗談でな」
 いまやセルジュの声は霜柱より冷たかった。
「そう言い暮らしてたのは、お前の母さんじゃない。 お前自身だ。 だから回りは面白がって口をそろえてたんだ」
「違う!」
「そうなんだよ! お前と俺が一緒になるなんて、あっちゃいけないことなんだ。
 いいか? お前はデュポンの親父さんがおかみさんと喧嘩して、二年行方知れずになっている間に生まれた子だ。 なぜそんな大喧嘩をしたと思う? 俺の親父とおかみさんができちまったからなんだ」
 シルヴィーは首を横に振った。 最初はゆっくりと、それから髪がほどけるほど強く。
「嘘だ」
「嘘じゃない。 クロに聞いてみろ。 あいつ気が優しすぎて、お前に打ち明けられなかったんだ」
 とたんにシルヴィーは逆上した。 手に持った荷物を地面に叩きつけると、辺りかまわぬ大声で叫び出した。
「信じないよ! そんなの作り話だ! 他の女に目移りして、自由になりたいからそんな嘘でっちあげたんだ!
 でも無駄だからね! あの女は死んじゃったよ! 今ごろは真っ黒焦げになってるよ!」
 そして、軋るような声を立てて笑った。



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