「シルヴィー!」
セルジュは驚いて、突然現れた若い娘を見つめた。 シルヴィーは地味な服を着て、両手に荷物を下げていた。 緊張した表情が、固い決心を表していた。
声を落として、シルヴィーは早口で告げた。
「逃げよう、ジャック! 『かかしのレント』が捕まったんだって! あいつは口が軽いから、すぐに全部吐いちゃうよ。 ミションのことも、あんたのことも」
慌てずに背中に手を回して拭きながら、セルジュは尋ねた。
「レントが? どうして捕まるんだ? 今は何のヤマも踏んでないのに」
シルヴィーは一瞬、言葉に詰まった。
「……密告よ。 誰かにチクられたんだ」
とたんに襟首を掴んで思い切り引き寄せられて、シルヴィーは硬直した。
セルジュはまったくの無表情だった。 しかし、眼だけは刃のように凍りついた光を放って、シルヴィーの心を貫いた。
「誰かじゃない。 おまえだろう?」
我に返って、シルヴィーは激しく身をもがいた。
「放して! なんてこと言うの! 私じゃないよ! 冗談はやめて!」
「知ってるはずだよな、シル」
セルジュの声はあくまでも静かだった。
「仲間を裏切ったらどうなるか、さんざん言ってきかせたはずだよな」
「私……ほんとに知らないって!」
おびえ出したシルヴィーは、とうとう涙眼になって抗議した。
「そんな疑いかけないでよ! 疑われただけで危険じゃないの!」
襟元にかけた指が、ゆっくりと外れた。 セルジュは夜のような暗い表情に変わっていた。
「なんてことをしたんだ、シル。 地下暮らしの俺たちが何とか生き延びていけるのは、網を張りめぐらしてるからなんだぞ。
どんな身分にも、あぶれて不平不満の塊になってる奴がいるもんだ。 そいつらに鼻薬をかがせておこぼれを貰って、俺たちはなんとか暮らしてきた。 俺たち小悪党は、目に見えないちっぽけな巣をこっそり張って、蚊や蝿を捕らえて生き血を吸ってる蜘蛛みたいなもんなんだ」
「だから私は……」
「おまえは脳みそがどうかしちまったのか! 警察にだって牢役人にだって、俺たちの仲間はいる。 誰がうす汚い密告屋か、半日でパリ中に知れ渡るぞ!」
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