「固いことを言わないで、空いた時間で好きな人のところへ行けば? めったに会えなくて寂しがってるってアンリが言ってたわよ」
ピエールはたじろいだ。
「嫌ですね。 大隊長がそんなことを?」
「兄は軽い恋しかしない人だから、他人の真剣さがわからないのよ」
口を尖らせたものの、ピエールはそう言われるとやはり行きたくなったようで、そわそわし出した。 すかさずマールが攻めた。
「行ってあげなさいな。 長く放っておくと目移りするかもよ」
これではひとたまりもない。 ピエールは別れの挨拶もそこそこに、早足で姿を消した。
間もなく、家の扉が開いてセルジュがそっと出てきた。 ふたりの目が合った。
「森へ行こう。 大型の馬を借りたから二人乗りで」
帽子に隠れたマールの顔に、喜びの色が走った。 フォンテーヌブローの森は広くて深く、王の狩場として有名だが、逢引きの場としても広く知られていた。
マールの腕に指を走らせて肩から首に移し、顎の先に軽くキスして、セルジュは囁いた。
「俺だけの可愛いお姫様」
ふたりが寄り添って楽しげに歩いていく後ろ姿を、建物の陰から一対の眼差しが見守っていた。 奥に暗い火を宿したその視線は、恋人たちが角を曲がって消えるまで、まばたきもせずに追い続けていた。
マールが屋敷に戻ってきたのは、辺りが薄暗くなりかけた頃だった。 だが厳しい父は外出中だし、母は娘の事情を察しているので特に何も注意しなかった。
小間使いのシルヴィーは昨日に続いて機嫌がよく、マールの長い髪を念入りにブラッシングして、いつも以上につややかにまとめあげた。
「さあ、これで気持ちよくおやすみになれますよ」
「ありがとう」
「今日はどのお寝巻きになさいます? 象牙色のですか? それともレースの?」
「空色のひだ飾りのついたのにするわ」
森で甘い草の匂いに取り囲まれて抱き合ったとき、セルジュはマールの指に光るサファイアの指輪を見て言ったのだった。
『あなたは青がよく似合う。 どこまでも透明な水の青さが』
シルヴィーは素早く、言われたとおりのネグリジェを取り出し、ついでに銀の盆に載せた水差しも持ってきた。 そして、スカートの裾をつまんでいつものようにお辞儀した。
「おやすみなさいませ」
「おやすみ」
広大な屋敷がすべて寝静まった夜中の一時半頃、かすかな、まるで人が何人か寄り集まって一斉に舌打ちしているような音が次第に空気を満たしてきて、マールは深い眠りから覚めた。
部屋は真紅だった。 壁掛けもカーテンも、紅蓮の炎に包まれていた。
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