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 翌日の午後、しっかり男装して、マールはピエール・ジュレと共に、久しぶりにサンマレ通りへ出むいた。
 燕亭の入口は板で閉ざされ、頑丈に釘で封鎖してあった。 裏通りの酒蔵も同じ状況で、すっかりさびれた空気がただよっていて、もう何箇所か落書きがしてあった。
 その一つを指差して、ピエールが教えてくれた。
「手が二つ並んでますね」
「それが?」
「これは『明日』という意味です。 発音が似てるでしょう?」
 確かに(フランス語だと)そうなる。 更にピエールは折れている指を数えた。
「二本。 夜中の二時だな。 泥棒の待ち合わせでしょう」
 泥棒と聞くと、思わずドキッとしてしまう。 マールは幼児が描いたような落書きを眺めて、これはセルジュじゃない、と自分を安心させた。 彼はきっぱり足を洗うと約束したのだから。

 クロの宿は、二つ向こうの小さな横丁にあった。 どこにあるか知っているピエールが先に立って、崩れかけたように見える木の二階建てに入り、隙間だらけのドアをノックした。
「デュポン! いるか?」
「その声は、ジュレの旦那で?」
 元気そうな声が中から返ってきた。
「そうだ。 入るぞ」
 返事を待たずに、ピエールはさっさとドアを開け、先にマールを中へ入れた。

 狭い部屋には、昨夜打ち合わせたとおりにセルジュが来ていて、マールと素早く視線を合わせた。
 後から入ってきたピエールは、セルジュを見つけてちょっと嬉しそうに声をあげた。
「おう、久しぶりだな」
「お元気そうで。 制服が変わりましたね。 出世なさったんですか?」
 ピエールが小隊長に抜擢されたことは、マールから聞いて百も承知だが、セルジュはいかにも驚いた口調で、彼の昇進を強調してみせた。
 ピエールは嬉しそうに手を振った。
「まあ、功を認められてね。 君も軍人だったらわたしより出世しただろうな。 あの戦いぶりは見事だった」
 マールは自分が褒められたように嬉しく、頬を桜色にして下を向いた。



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