マールが駆け寄るより早く、セルジュが飛び出してきて、ふたりは庭の奥で激しく抱き合った。
目を閉じて、腕の中のはつらつとした感触を確かめながら、セルジュは囁いた。
「本当なんだな。 本当にあなたは俺の想い人になったんだ」
「ええ、そうよ」
マールも息で答えた。
「今日初めて、師匠のシャンパーニュさんから天使の絵を任された。 それでモデルをデッサンしたんだが、いつの間にか彼女じゃなくてあなたの顔を描いてるんだ。 そんなことはこれまで一度もなかったのに」
「光栄だわ。 天使にしてもらえるなんて」
寄り添って東屋に入るなり、セルジュはマールの手を取って、指先から肩までキスで覆った。
「心があなたで一杯だ。 寝ても覚めてもあなたが見える」
「私も」
いっそう小声になって、ふたりの語らいは熱く続いた。
ふくろうがニ度鳴いた。 それを聞いた蛙が驚いて池に飛び込み、かすかな水音が響いた。
銀色の月が傾いてきたので、マールはセルジュの膝から立ち上がろうとした。
「待って」
「もう行かなくちゃ」
「あと少し。 ふくろうがもう一度声を立てるまで」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、ホウホウ、という遠慮がちな鳴き声が聞こえた。 ふたりは顔を見合わせ、思わず笑い出した。
「いまいましいふくろうだ」
「うまくいけば、また明日会えるわ。 それも街でのびのびと」
「どういうことだ?」
いぶかしげなセルジュに、マールは説明した。
「燕亭ね、もう持ち主はいなくなったから、あれをクロード・デュポンさんに下げ渡そうということになったの」
セルジュは息を呑んだ。
「あいつに? あの立派な居酒屋をくれるのか?」
「ええ、彼も功労者の一人だから」
セルジュが驚き、喜んでいるのが、マールには心から嬉しかった。
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