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 翌日、フランソワはまた国境の部隊を視察に行った。 口には出さないが、国王が再び領土拡張の野心に取り付かれ始めたことを示す任務で、フランソワは内心うんざりしていた。
 だが、皮肉なことに、あの『酒樽押し込め事件』で国王のフランソワに対する信頼はうなぎ登りになった。 これまでは、お気にいりの秘密の輪には入れてもらえなかったのだが、今では真っ先にいろいろ相談される。
「暇がまったくない。 秘密保持に気を遣うし」
 珍しく妻と娘にぼやいて、フランソワは馬上の人となった。
「お父様、ピエールをお借りして、あの怪我人に酒場をもらえる話をして来ていいですか?」
 マールが小声で尋ねると、フランソワはあっさり承知した。
「ピエール・ジュレなら連れて行くがいい。 確か、怪我人はクロード・デュポンといったな?」
「ええ、例の酒場の近くに住んでいます」
「気をつけるんだぞ」
 愛馬に軽く鞭をくれて、フランソワはさっと門を出ていった。 部下二人と、忠実なデュパンが、遅れじと後に続いた。 四頭の馬が巻き上げる埃はちょっとしたもので、エレは急いで母屋に入り、マールはハンカチで服についた土を払いながら裏庭へ回った。
 塀の上に小枝が置いてあった。 秘密の『夫』からの合図だ。 枝についているのが葉だけなら、今日は姿を見せられない。 花があれば、その数が現す時間に東屋で会える。 例えば、大きい花一輪と小さい花一輪が並んでいたら十足す一で十一時、交差していたら十引く一で九時。
 噴水を覗きこむふりをしながら、マールは小枝に素早く視線を走らせた。 大きな花が一輪。 十時に来るという知らせだった。


 夜の十時少し前、黒っぽい服に身を包んで、マールは広間のサイドドアから忍び出た。 一番身近にいる小間使いのシルヴィーに気付かれないようにしなければならないので、前よりずっと大変だった。
 庭には夜露が降りていた。 しっとりとした木の下枝をかき分けながら歩いていくと、薄灰色の大理石でできた東屋で幻のような影が立ち上がるのが見えた。



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