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 今日は特に予定は無い。 朝食にもまだ早い時間なので、マールはとりあえず、明日ある古典文学講義の予習でもしようと決め、考えこみながら階段を上がった。
 部屋に入ると、ハミングが聞こえてきた。 白いエプロンを揺らして、シルヴィーがレースのカーテンをかけ直している。 のびのびした腕が射しこむ陽射しに照らされて、仄赤く光っていた。
 マールを見たとたん、珍しくシルヴィーの顔に微笑みが浮いた。
「あ、お嬢様、おはようございます」
「おはよう」
 気の強い小間使いを眩しく感じたのは、気のせいだったろうか。 マールはまっすぐシルヴィーを見返すことができず、あいまいに横を向いた。
 シルヴィーは機嫌よく続けた。
「ニース行き、お止めになったんですね。 確かにパリはこれから暑くなるし、空気もよどんでいるけど、なにもご家族と離れてまで旅をすることはないですよね」
「そうね」
 きちんとカーテンのひだを揃え、少し離れて全体を見てから、シルヴィーは満足そうにうなずいた。
「これでよし、と。 そうそうお嬢様、私もうじきお暇をいただくかもしれません」
 驚いて、マールは持ち上げようとしていた紙ばさみを手からすべり落としてしまった。
「辞めるの?」
「ええ」
 シルヴィーの声は弾んでいた。
「約束した人がいるんです。 彼がもうじき迎えに来てくれるって」

 マールはうつむくと、床に散らばった紙を拾い集めた。 それに気付いたシルヴィーがやって来て手伝った。
「幼なじみなんです。 子どものときから婚約していたんですよ。 親同士の約束で」
 間違いない。 シルヴィーはセルジュと一緒になるつもりなのだ。 だが、正式な婚約なんて……セルジュは一言もそんな話はしなかった。
 どちらの言い分が事実なのだろう。 マールの胸は不規則に揺れた。
 



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