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 翌朝、マールが階下に下りていくと、両親が珍しく揃って出かける支度をしていた。
 早く話さないとチャンスがなくなる。 マールは、せっかちに庭へ出ようとしていた父に急いで駆け寄った。
「お父様!」
 フランソワは、振り向いたとたんに朝日をまともに受けて、まぶしそうに目を細くした。
「なんだ? 今朝、早馬が来てな、すぐヴェルサイユへ来いと言うんだ。 しかも、エレを連れて」
 面白くなさそうに、フランソワは鼻を鳴らした。
「エレはできるだけ巻き込みたくないんだが。 だからこの前も屋敷に帰らせて、宮殿には連れていかなかったというのに。
 あの嫉妬深い鍋の底はエレを嫌ってる。 できるだけルイ王の傍に近づけないようにしているし、陥れる機会を狙っている感じだ」
 父の声がやたらに大きいので、マールは笑いそうになりながらも注意した。
「マダム・マントノンを鍋の底なんて言っちゃ駄目ですよ、お父様」
「他の何に似ているというんだ。 でこぼこの鍋底そのものじゃないか」
「王様はあの顔がいいんでしょう。 安心できて」
 そそくさとやって来たエレが、話に加わった。 蜜色のドレスを着て、輝くように美しい。 母の横に立つと、マールはどうしても自分が間抜けなノッポに思えてしかたがなかった。
「お父様、それにお母様。 一晩経って、やっぱり気持ちが変わりました。 ニースには行きません」
「ほう」
 光る目で、フランソワは娘をちらっと観察した。
「気まぐれは止めか。 一人になりたいなんて、お前らしくないからな」
「じゃ、あなたからアンリに言ってね。 別荘行きは中止になりましたって」
 エレの言葉に、フランソワは気軽にうなずいた。 剣術の稽古相手がいなくならないのが嬉しいらしかった。
 フランソワが馬車の様子を見に行った間に、マールは母の手に、昨夜セルジュといやいや別れた後、頭を絞って書いた手紙をすべりこませた。
「お願い、お母様。 これを読んで、賛成してくださったらお父様に提案してみて」
 そのとき、デュパンが浮き立った様子で奥から姿を現した。 相変わらず磁石のN極とS極のように、ぴったりフランソワに付き従って離れない。 最近はエレとも随分気が合ってきて、三人は切っても切れない仲になりつつあった。
 エレは、マールに身を寄せて小声で請合った。
「たいていのことはやってもらえるから、任せて」
 



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