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 フランソワは立ち止まり、娘に視線を定めた。
「別荘だと? 結婚前の若い娘が一人で?  おまえ何企んでるんだ?」
 急いでマールは作戦を練り直した。
「パリの夏はごみごみと暑くるしくてうんざりなんです。 海に近いところは爽やかだわ。 新鮮な物を食べて、のびのびと馬に乗って、ゆっくりくつろぎたいの。 いいでしょう?
 どうしても一人じゃダメなら、お母様と行くのはどう?」
 これは禁句だ。 たちまちフランソワの目が三角になった。
「エレはわたしと一緒だ。 絶対に! 行くんならおまえ一人で……」
 そこでようやく、フランソワはまんまと娘の術中にはまったことに気付き、咳払いした。
「……は行かせないぞ。 アンリをつける。 他に護衛も二人は必要だ」
 この出方は予想していた。 堅物のシャルルと違い、アンリなら何とかなる。 ほくほくしながら、マールはできるだけ暗い顔を取り繕ってみせた。
「えー、それじゃ身動きが……」
「当たり前だ。 保養地で羽を伸ばして遊び回られたら、わたしがエレに怒られる。
 まあ、今度のことでは役に立ってくれたから、褒美だ。 いいか、一ヶ月だぞ。 一ヶ月したらわたしたちと合流して、パリへ戻るか北へ行くんだ」
「わかりました」
 マールはしおらしく答えた。

 旅には、小間使いのシルヴィーも同行することになった。 気の進まぬ様子で荷造りを始めたシルヴィーを、マールはそっと観察していた。
 夕方になって、機会が訪れた。 マールが食事のために階下へ降りていくのを見極めたシルヴィーが、周囲に気を配りながら裏口へと向かった。
 すぐに回れ右したマールは、衣擦れの音をさせないようにドレスをしっかり体に巻きつけて、後をついて行った。
 するとシルヴィーは、裏木戸に近い茂みにさりげなく薄いスカーフを引っ掛けて、そそくさと家に戻ってきた。
――合図なんだ!――
 マールは夜目にも白く浮き上がっているそのスカーフをしっかりと見極め、急いで食堂にエレを探しに行った。
「お母様! お母様!」
 食堂の扉は開いていて、中から笑い声が響いてきた。
「それで彼は銀製の薬入れをくれたのね。 頭痛薬を入れておくようにって。 確かにフランソワはケチではないわね」
「それどころか」
 片足に重心を置いて粋に立ったデュパンは、すっかり機嫌を直したらしく、自慢げに答えた。
「フランス一、いやヨーロッパ一のご主君ですよ!」


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