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 四日後に秘密結婚の相手であるマダム・マントノンが戻ってきたとき、国王はだいぶ元気を取り戻していて、機嫌よく妻を迎えた。
 一方、コンデ家では、珍しく留守番を命じられてフランソワと大取物に参加できなかったデュパンが、むくれてすっかり不機嫌になり、主人を悩ませていた。
「なあ、この報告書を書き直さなきゃならんのだが、どこからどこまでかな」
「知りません」
 書斎に座りこんだデュパンは、つんとして羽根ペンを削っている。 振り向きもしない。 弱ったフランソワは、口の中でぶつぶつ言いながら、廊下を歩いてきた娘を捕まえた。
「な、マール。 お前は事件に詳しい。 足りないところを補ってくれ」
「はい、お父様」
 ある企みを胸に秘めて、マールはチャンスに飛びついた。
「白の間に行きましょう。 明るいし書き物をする道具も揃ってるから」
「そうだな」
 父と子は、仲よく南向きの部屋へ入っていった。

 透かしの入った白い椅子に座ると、さっそくマールは書類に目を通した。
「ええと、主だった犯人は四人、共犯を合わせて全部で十七人ね」
「その通りだ」
「人数はあっていると。 使われた樽は六個……捕まっていたのは三人なのに、どうして倍も必要だったのかしら」
「それはな」
 フランソワは説明した。
「マントノン夫人のせいだ。 奥方がそばにいては、国王の偽物はすぐ見抜かれる。 だから彼女が聖堂に篭っている間に実行しなきゃならない。
 本当は先月にやるはずだった。 ところがマントノン夫人が風邪を引いて、聖堂行きは半月延期になった。 それで、樽を使った劇をやる日と重なってしまったんだ」
「ああ、そっちへ樽を使われちゃったというわけ」
「奴らは焦っただろうな。 すりかえの準備はとっくにできているのに、マントノン夫人がなかなか旅に出なくて」
「それで彼はいらいらして、口をすべらせたあげく、人を刺したりしたのね……」
 親子はちらっと目を見合わせた。 『彼』が誰を指すか、二人ともよくわかっていた。
 大きな丸っこい字で書類に書き入れた後、乾くのを待って、マールはフランソワに手渡した。
「はい、できました」
 フランソワは目を細めて受け取った。
「きれいに書けてるな。 おまえを秘書にするのも悪くなさそうだ。 若いし」
 とたんに背後の扉がバタンと閉じて、乱れた足音が響いた。 続いて、喉を振りしぼったような声も。
「あんまりだ! ここまで長年尽くしてきたのに、あの言葉はひどい!」
「わっ、あいつ、聞いてたらしいぞ」
 慌てたフランソワがそそくさと後を追おうとしたので、マールは急いで引き止めた。
「一生懸命書いたんだから、許可をくださいな」
「何の?」
 気もそぞろに、フランソワは尋ねた。
 息を吸い込んで、マールは言った。
「ニースの別荘へ行かせて」


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