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 不意に冷気に取り囲まれたようになって、マールは駆け出した。
「セルジュ……! セルジュ!」
 どちらに追えばいいかわからない。 彼の消えっぷりはそれほど鮮やかだった。
 庭へ通じる扉を押し開け、闇に覆いつくされた戸外に出ても、手がかりはなかった。
 もう会わないつもりだ。 だからすべてを告白して去ったんだ―― 体を包む冷気は凍った手となって、マールの心臓を締めつけ始めた。
「行かないで。 ねえ、行かないでよ!」
「はい?」
 素早く反応して石のベンチから立ち上がったのは、マールの求める人ではなく、待機を命じられていた若いジャン・ピエールだった。
 そうだ、この人を呼びに来たんだ―― 上の空で、マールは視線を庭中に動かしながら尋ねた。
「今ここから男の人が出ていかなかった?」
 ジャン・ピエールは首をかしげた。
「いえ……さあ、別に見張っていなかったので」
 もう行方を探そうとしても無駄なのがわかった。 マールは顎を上げ、眼を強く光らせた。
「見つけるわ。 必ず見つけ出す」
「はあ、誰をですか?」
「いいの。 それより、お父様があなたを呼んできてくれって。 大事な役目ができたようよ」
 たちまちジャン・ピエールはすっくと背中を伸ばし、大喜びでマールと共に廊下へ入っていった。


 陰謀は完全に消滅した。 アドリアン・フェデの遺体は、いったんパリの自宅に運ばれ、二日後に、落馬事故で急死と発表された。
 樽の中でぐでんぐでんに酔いつぶされていた本物のジョゼ・クルスナールは、二日酔いのまま職務に戻った。 そして、残り一つの樽に入れられていた男、王宮の副料理長ドゥミ・サラバールも解放されて、こちらは国許に帰ると言い張った。 こんな怖い思いをしてまで宮殿に残りたくなかったのだろう。
 偽のサラバールは、何も気付かずに雉をさばいているところへ警備隊に踏み込まれ、あっという間に連れ去られた。 そして、他の二人の偽物と同じく、外部の者に知られることなく、永久に姿を消した。


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