表紙
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 異様な沈黙が部屋を支配した。
 フェデは挑む目つきで、前の人々を見渡した。
「このところ具合の悪かった国王は病死。 側近中の側近だったクルスナールは、後を追って自殺。 それですべては闇に葬られる。 事件が起きたことなど、誰にもまったく知られずにすむ」
「なるほど」
 フランソワは大きく息を吐いた。
「残された遺体は、死んだばかりの本物だ。 王が最後に布告した法令は、遺言として大切に守られるだろう。 そして君達はまったく疑いをかけられることなく、大手を振って故郷に戻れる」
「その通り」
 フェデは一瞬、顔をくしゃくしゃにした。
「隅々まで考えぬいた計画だったはずなのに。 なぜ、どこでわかったんです!」
 フランソワはためらった。 最初に勘付いたのは息子たちだが、そのことを話して、新教徒たちの恨みの的にさせたくなかった。
「君がうっかり口をすべらせたからだ。 酒場の裏道の暗がりで、話を聞かれたと思って君が刺した男は、死ななかったんだ。 彼は君の人相を覚えていた。 なにげなく耳にした言葉も」
「くそっ」
 フェデはすっと顔を背けた。 目の縁が赤くなっていた。

「君にはまだ訊きたいことがある。 バスティーユへ行く前に、別のところへ来てもらう」
 フランソワが一歩進み出たとき、フェデは片手を上げて頼んだ。
「後少しだけ、時間を下さい。 最後の願いです」
 フランソワは国王を見た。 ルイ王は疲れた様子でどっかりと椅子に腰をおろし、目を閉じていた。
 フランソワがわずかに頷くと、フェデはマールのほうに向き直った。
 まるで慈しむように、ゆっくりとマールの顔立ちを眼でたどりながら、フェデは噴水の横で話したときと変わらぬ口調で語りかけた。
「テュイルリーの薔薇……あの合言葉を考えたのは、わたしです。 ずっとある方に憧れていました。 心の中でしか名前を呼べない高貴な人に。
 だからわたしは、その人を最高の薔薇になぞらえたのです。 幾度も口に出せるように。 想いがいつか届けばと祈って」
 マールはもぞもぞと体を動かした。 よくわからないが、非常に居心地が悪かった。 アドリアン・フェデはとても親切にしてくれたのに、こんなお返ししかできなかったのが、心苦しい気さえした。

 思わぬ告白に、部屋の空気がぎこちなくなった。 その隙を、フェデは見逃さなかった。 素早く襟の裏から何かを取り出すと口に含み、一息に飲み干した。
 フランソワは無言で、動かずにいた。 フェデの行動を前もって予測していたのかもしれない。
 彼が崩れ、息絶えていくのを見まいとして、マールは父に歩み寄り、腕に掴まって顔をそむけた。


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