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 ジョゼ・クルスナールになり代わっていた男は、すっかり戦意をなくしていて、咳をしながら机に寄りかかり、抵抗の気配を見せなかった。
 相手もあろうに国王を演じていたマックスという男も、口に手を当てたままじっとしていた。 長い人生で様々な挫折を味わったのだろう。 潮時というものを心得ているようだった。

 アンリとジャン・メルソーが二人を捕らえ、後ろ手に縛った。 フランソワが手短に指示した。
「くれぐれも人目に触れるんじゃないぞ。 何事もなかったということにするんだ」
 ちょうどそこへ、不穏な物音に驚いて、侍従の一人エドモン・シャイーが急いでやってきたが、ドアを開けたとたん勢いよく引きずり込まれ、男二人がかりでつぶされてしまった。
 床でバタバタもがきながら、シャイーは窒息寸前になって呻いた。
「やめて……やめてくれ! 陛下! やめさせてください!」
 立ったまま難しい顔をしていた本物のルイ王は、つくづく人を信用できなくなった暗い目で、若い侍従を見下ろした。
「なあエドモン、テュイルリーの薔薇は今どんな具合だ?」
「はあ?」
 エドモンはそれどころではなかった。
「呑気なことおっしゃらないで! どうかこのごつい膝をどけさせてください!」
 エドモンはまったく合言葉を知らないらしい。 芝居をしているようには見えなかったので、男たちは視線を交わし、ようやく彼の背中から足を下ろした。 シャイーは怒った山猫のようになって、立ち上がるとすぐ、横にいたセルジュに殴りかかった。
「貴様! 平民の分際でよくも!」
 セルジュが余裕で拳をかわしているので、シャイーが哀れになったアンリが、苦笑いしつつ中に入った。
「やめろ。 そもそも君らがしっかりしないからこんなことになったんだぞ。 見ろ」
 肩で大きく息をしながら振り向いたシャイーは、国王が二人いるのを見て呆然となった。
 フランソワが野太い声で言った。
「ちょうどよかった。 彼に人目を忍ぶ抜け道を教えてもらえ。 その二人をバスティーユへ」
「はい」
 まだ事情が飲み込めないシャイーをせきたてて、アンリとジャンは犯人二人を連れて出ていった。

 すでにフェデは立ち上がり、火傷した腕を押えたまま、じっとマールに眼をすえていた。 その表情には、先ほどはなかった深い敗北感が漂っていた。


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