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 もう一方の戸口が、ゆっくりと開いた。 まっすぐ入ってきたのは、ごく普通の様子のフランソワだった。
 部屋にいた三人が驚く暇もないうちに、フランソワはどっしりとした机に近づき、たった今署名が終わったばかりの書類を掴んで、真っ二つに引き裂いてしまった。

 フェデは息を呑み、王は椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がった。 クルスナールになり代わっていた青年が、金切り声で叫んだ。
「これは……これは反逆だ!」
「まさしくその通りだ」
 落ち着き払って、フランソワは言い返した。
 彼がレースのついた袖を上に掲げると、背後のドアが大きく開き、五人の人物が入室してきた。
 先頭に立った鷲鼻の男性を見て、国王だったはずの男はふらっと上体を揺らし、無意識に後ずさりした。 お互いに目を釘付けにしたふたりは、鏡を二枚合わせたように、たいへんよく似ていた。
 後から入ってきた方が、低く咳払いすると、皮肉な態度で口を開いた。
「やれやれ、わたしはお前にそっくりなのか? もう少しましな顔だと思うていたが」
 犯人一味の中では、一番早くフェデが立ち直った。 日頃は穏やかな瞳を炎のように燃えあがらせて、彼は突っけんどんに言い返した。
「顔も心もたるんでいる。 それがあなただ! ローマはキリスト教徒を迫害したが根絶やしにはできなかった。 それと同じで、フランス国王がいかに新教徒を迫害しようとも、この世から追い出すことはできない!」
 叫びながら彼の手は背後をまさぐり、目にも留まらぬ速さで何かを引き出した。 下半身が机の陰に隠れていたので、その手の動きを見ることができたのは、最後にドアをくぐって遠慮がちに横に下がっていたマールだけだった。
 反射神経なら誰にも負けない。 ほぼ同時にマールもポケットに手を入れて応戦しようとしたが、先ほどの戦いで、用意していた刃物は使い尽くしてしまっていた。 指に触れたのは、ザラッとした丸い物だけだった。
 なんでもいい、フェデの動きを邪魔できれば! マールは瞬時にその物を握って、力一杯フェデの腕に投げつけた。
 ボンッ、という鈍い音と同時に、大きな部屋が煙だらけになった。 火薬の勢いでフェデが後ろに倒れるのがかすかに見え、部屋中の者が一斉に咳き込んだ。
 ゴホゴホ言いながら、アンリが情けない声を出した。
「おい、そういうものはもっと広い場所で使え!」
「あの人が短銃を出したから!」
 男装しているのを忘れ、マールは高い地声で叫び返した。

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