表紙
表紙目次前頁次頁文頭





−61−

 宮殿の執務室では、やっと起き上がれるようになった国王が、目に光が染みるといってカーテンを締め切ったままの薄暗い部屋で、額に手を当ててペンを走らせていた。
 傍らには忠実な側近の頭ジャン・ユベール・ド・ソワゾンがいて、眉を寄せて必死に王に頼んでいた。
「お言葉はまことに理に叶ったものと思います。 ですが既にほとんどのユグノーやジャンセニストたちは国外に逃亡しておりますし、カトリック勢力の方々も今更方針変更では腹に据えかねるのでは……」
「それはそうだが」
 王は弱々しく呟いた。
「商工業者や貿易商としての奴らの腕はあなどれん。 むざむざヨーロッパ中にばらまくよりも、国内に戻してうまく利用したほうが得策と思いなおした」
「確かに。 しかし、奥方様(=マダム・マントノン)は……」
 あわてて王は周囲を見回し、いっそう声を低めた。
「あれをそう呼ぶな。 婚姻は秘密裏に行なわれたのだ。 それに今、あれはシャルトルに篭って有難い説教を聴いているしな。 寝た子を起こすな」
 自身は熱心なカトリック教徒であるジャン・ピエールは、歯噛みしたそうな表情で一礼し、机上の書類を憎々しげに一瞥して、部屋を出ていった。

 入れ違いに、反対側の扉からフェデとクルスナール(自称)が滑り込んできた。 二人とも頬を上気させ、目が活き活きと躍っていた。
「こぎつけましたな。 あと数時間でフォンテーヌブロー王令がくつがえる。 ナントの勅令が蘇るんです!」
「また故里に戻れる。 公民権を取り戻し、一人前の国民として平和に暮らしていけるんだ」
 クルスナールが喜びに酔った声で囁いた。
「新教徒万歳。 ユグノー万歳!」
 二人の目の前で、国王は慎重に書類にサインし、乾燥を早めるために粉を振りかけて、羽根で払った。 そして、二人の若者を順繰りに眺めると、先ほどの衰えた響きとは別人の、腹から出る低音で言った。
「仕上げが何より肝心だ。 樽を受け取り、中身を仕上げて、素早くここへ運んで来なさい」
 二人は目を見交わして力強くうなずき、踵を返して扉に向かった。

 だが、たった今入ってきた戸は、開かなかった。 押しても引いても、まるでびくともしない。
「何か引っかかったかな?」
 フェデが軽い調子で口にした。


表紙目次前頁次頁文頭
背景:CoolMoon
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送