表紙
表紙目次前頁次頁文頭





−59−

 セルジュのほっそりした体が岸を蹴り、水しぶきを立てて川にはまるとすぐ、驚くほどなめらかに泳いで、逃亡者の後を追った。
 運搬トンネルの奥から乱れた足音が近づいてきた。 地下室に隠れていた男たちが加勢に現れたようだ。 マールは夢中で剣を抜き、一段と暗さを増した川岸で、他の兵士に混じって切り合いを始めた。
 刀身と刀身がぶつかるたびに小気味よい音が響き、火花が散った。 奥から出てきた男たちは三人で、死に物狂いなので猛々しく、さすが鍛えたマールでも力に押されてじりじりと後退した。
 素早く妹と背中合わせになって後ろを固めながら、アンリが鋭く言った。
「ここはシャルランとわたしに任せろ。 母上を守れ!」
 なま暖かい春の空気を切って、太い矢のように手裏剣が飛び、フランソワを横から突こうとした大男の肩に突きささった。 男はウッと呻いて長剣を取り落とした。
 その様子に顎をしゃくってみせて、マールは叫び返した。
「母様のほうが私たちを守ってる!」
「まったく、うちの女どもは」
 ぶつぶつ言いながら、アンリは返す刀で、短剣を手に襲ってきた酒場の主人に切りつけた。 主人のジョルヌーイはべたっと地面に伏し、這いながら樽のひとつへ近づくと、力任せに押し出した。 樽は斜めに傾き、ぐらつきながら桟橋からすべり落ちた。
「樽が!」
 あわててアンリが追いかけたが、一足違いで樽は水面に浮き、ゆっくりと岸から離れていった。

 水中で殴りあい、引っ掻きあった末に相手を確保し、襟首を掴んで泳ぎ戻ってきたセルジュの前を、樽は小さく蛇行して横切った。 すばやく捕虜をメリクルに渡すと、セルジュは立ち泳ぎしながら叫んだ。
「ロープを投げて!」
 土手の上にいたエレが、急いで馬のところに走って戻り、鞍にかけてあったロープを掴んで川に投げた。 見事に端を掴むと、セルジュは樽の周囲を一回りして、ロープをしっかりと結びつけ、引っ張るように合図した。
 馬の番をしていたジャン・ピエールにエレとアンリが手を添えて、綱引きが始まった。 樽は異様に重かったが、三人は強く踏ん張り、大小のごみが容赦なくぶつかってくる水中からなんとか樽を岸辺まで持ってきた。

 樽と共に、びしょぬれになったセルジュも上がってきた。 そして、休む間もなく打ちかかってきた下男の腹に蹴りを入れ、息が止まってくの字になったところを組んだ両手で後頭部を撲り、失神させた。



表紙目次前頁次頁文頭
背景:CoolMoon
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送