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 やがて地下運搬路の奥から大樽が運び出されてきた。 まだかすかににじんでいる残照に、ずんぐりとした影が浮かび上がっている。 確かに転がすのではなく、わざわざ手押し車に載せて持ってきていた。
 そのまま、出てきた男はガラガラと音をさせて車を舟に近寄せた。
「今だ!」
 フランソワが短く囁き、取り方は二つの方向から土手を駆け下りて、酒場の主人と下男、それに舟から片足を下ろしかけていた屈強な男たち二人が動けないうちに、さっと回りを取り囲んだ。
 敵は一瞬あっけに取られたが、すぐ立ち直った。 主人は素早く手をラッパにして、対岸にうごめいていた川人足に聞こえるように呼ばわった。
「何するんだ! 追いはぎか? 俺たちがお偉いさんに届ける最高級のボルドーワインを、横取りしようっていうのか?」
 川向こうの人足たちは顔を見合わせ、酒場の主人に加勢しようかどうしようか、迷っている風だった。
 すかさずマールが進み出て、張った声で言い返した。
「これがワインだって? 笑わせるな。 栓を開けてみろ」
「いいですとも」
 口をねじ曲げて不敵な笑いを浮かべながら、主人は下男と二人がかりで酒樽を横に倒し、栓をゆっくりひねった。 すると確かに、艶のある液体が勢いよく流れ出た。

 マールは頭がカッと熱くなった。 まさか……勘違いだったのだろうか。 やはりこれは、ただの酒樽……?
「不思議だなあ、ジョルヌーイの旦那」
 涼しい声が、一迅の風のように吹き寄せた。 まるで足音がしないので、誰もその存在に気付いていなかったが、それは確かにセルジュ・ラリュックの人を食ったような声音だった。
 みんなが一斉に顔を上げる中、セルジュはすべるように樽に近寄り、たがのすぐ上に指を立てた。 するとその長い指は、まっすぐに樽の中に吸い込まれて見えなくなった!

 指を差し入れたままの姿勢で、セルジュはにやっと笑ってみせた。
「ジョルヌーイさんよ。 これは凄いな。 穴があいてるのにワインが一滴も洩れない樽かい」

 とたんにいろいろなことが一斉に起こった。 酒場の主人ニコラ・ジョルヌーイがぎらりと光る短刀を引き抜き、余計な詮索をしたセルジュに体当たりで飛びかかった。 その足を目にも留まらぬ速さでフランソワの剣がなぎはらった。 ウッと呻いた主人は、その場にのめって膝をついた。
 舟で来た男の片方が拳銃を抜いたが、アンリが素手で叩き落とした。 もう一人はその様子を見て、川に飛び込むなり必死で泳ぎ出した。



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