表紙
表紙目次前頁次頁文頭





−53−

 王の容態は、前に具合が悪くなったときとそっくりだという。 思わぬ事態に、さすが陽気なエレも口を尖らせて考え込んだ。
「妙ねえ」
「そうだな」
「あの二人だけじゃなく、他にも紛れ込んだ一味がいるってことかしら」
「それを疑い出すと全員が怪しくなる。 傍仕えだけでも大変な人数だ」
「そうよね」
 フランソワはぐいと髭を引っ張った。
「王は心細くなったらしい。 シャイーに命じてフェデ達を呼び戻すそうだ。 素人芝居なんかにうつつを抜かしている場合ではないと言って」
「そう……逆にチャンスかもしれないわ」
 驚いて、フランソワは両眉を吊り上げ、妻をまじまじと見つめた。
「奴らが毒殺を実行するのを待つか?」
「違う! それじゃ危険すぎるわ。 こっちの方が距離が近いから先回りして、彼らの話を盗み聞くの。 今ならまだ間に合うわ!」
 行動力の権化のようなエレは、そう話しながら既に立ち上がって、軽装馬車に一番速い馬をつけさせるよう下男に命じに行ってしまった。
 フランソワはぎょっとして引きとめようとしたが、すぐに立ち止まった。 エレは国王とは秘密の血縁関係にあり、周囲の誰よりも信頼されている。 王の居室には、警備隊長にさえ知らされていない秘密の隠れ場所があって、会話を漏れ聞くことができるが、エレはその場所を知っている稀な人間の一人だった。

 口の堅い小間使いジャンヌマリーだけを連れてヴェルサイユに急行したエレは、まず華やかに廊下を通って知り合い達に声をかけ、自分の存在をアピールした。
 それから『コンデ公爵夫人』用に割り当てられた部屋に入り、大急ぎでジャンヌマリーと服を交換した。 アリバイ作りにときどきやるので、ジャンヌマリーは慣れた手つきでさっさとドレスを着込んだ。
「いい? ヴェールを下ろして窓のところに座って、二人で話しているふりをするのよ」
「はい、いつものとおりですね」
「そう。 誰かがノックしてきたら、帽子を取ってマントをしっかり巻きつけて出るのよ。 そして、マダムは今ご機嫌斜めでどなたにもお会いしませんって言って」
「はい、わかりました」
 二人は目配せし合い、エレは窓をそっとこじ開けて、えいやっと足を上げるなり外へ飛び降りた。 昔と変わらず、ほっそりした足は軽快に動いた。



表紙目次前頁次頁文頭
背景:CoolMoon
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送