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 むしゃくしゃしたので早めに自室へ引き取って、マールは窓枠に腰を掛け、背中をもたれさせて夕暮れの庭を見やっていた。
 視線は外に向いているが、何も目に入らなかった。 今のこの時間、本物のジョゼはあの地下室で、固いパンか何かをあてがわれているかもしれない。 いや、もしかすると何かを白状させようとして、飢えさせられているかも。
 三度目に大きな溜め息をついたとき、ひらひらと目の前に落ちてくるものがあった。 見覚えのある、派手な模様の……
「羽根だ!」
 反射神経のいいマールは、とっさに手を差し出してそのふわっとした物体をすくい取った。 それは確かに、やたら帽子から垂れ下がってきて邪魔なので道に投げ捨てたのと同じ、孔雀の羽根だった。
 なんで孔雀がこんなところに? マールの眼がまず庭の上を探し、それから首を突き出して建物の上部を探った。
 すると、思わぬところから人が現れた。 斜め下の木立の中から、無帽のセルジュがすっと出てきて、二階にいるマールを真面目な表情で見上げた。

 マールは身を乗り出して呼びかけようとして、ぎりぎりのところで思い留まった。 彼はマルクという男の子としての彼女しか知らない。 お互いやっと顔を見分けられるぐらいの宵闇だからこそ、声を出したら注意が集中して、正体を悟られる可能性が高かった。
 セルジュは胸に手を当てて、丁重に一礼した。 そして、できるだけ周囲にわからないように囁きに近い声で話しかけてきた。
「驚かないでください。 父君のために働いている者です。 ラリュックと申します」
 マールはできるだけ優雅にうなずいてみせながらも、気が気ではなかった。 セルジュは窓の下に歩み寄り、更に言葉を続けた。
「ひどく悩んでおられるようですが、わたしにできることがあれば、ぜひお申しつけください。 手紙を運ぶとか、伝言を伝えることなら得意です。 信用できることは兄上か父君にお聞きになればわかります」

 意表を衝かれて、マールは窓枠を握りそこね、部屋の内側にどさっと落っこちてしまった。
 この大事なときに何という不格好な……あわてて立ち上がり、ロールした巻き毛を揺らしながら下を覗くと、幸いまだセルジュはいた。 笑ってはいないが口元がピクピクしている。 私ってロマンスには縁がないんだ、と、マールは大いにくさった。



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