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 出すのと入れるのとは大違いだと、マールは思う。 酒の大樽は、満杯に詰まっていると大変な重さで、普通は転がして移動させる。 中身が液体ならピシャピシャいうだけだが、もし人間が入っていたら、あちこちにぶち当たってゴッツンゴッツン音がするにちがいない。
「詰め物をしていても、猿轡をかけていても、唸ったりもがいたりするかもしれないし」
 思わず独り言をつぶやいて、ジャンに不審がられた。
「はあ? 詰め物? サルグツワって」
「いや、こっちのことだ」
 できるだけ声を出さないようにしながら、マールは考えつづけた。
――人間を運ぶとしたら、死体じゃない。 殺してしまったら、ヴェルサイユの外れに残る湿地帯にでも埋めてしまえば、たぶん永久に葬れるんだから。
 彼らがもし、何らかの理由で本物のジョゼ・クルスナールを生かしておく必要があったなら、樽に詰めてセーヌ川を舟で運び、地下道から運び込むのが最も目立たないやり方だ――
「樽は何個だった?」
「え?」
「運び入れた樽の数は?」
 ジャンはちゃんと覚えていた。
「大樽が二個、普通のやつが三個です」
「大切に扱っているようだった?」
 そこで初めて、ジャンはマールを見直したようだった。
「どうしてわかりました? そこがちょっと不思議なんですが、舟から斜めに板をかけて転がり降ろすとき、わざわざ地面に古絨毯を敷いてガタつかないようにしていたそうです。 見張りは、きっとすごく上等な酒だったんだろうと言ってましたが」
 狙いがどうやら当たっていそうなので、マールは胸が高鳴り始めた。 ジョゼ・クルスナールはたぶん、いや十中八、九、酒場の地下室に閉じ込められている。 なんとかして、中に入ることができたら!


 しかし、翌日になって、夕方にやっと公務から戻ってきた父に話したものの、あまりいい返事はもらえなかった。
 フランソワは最後まで聞いてくれたが、焦れたときの癖で耳を引っ張りながら、手短に尋ねた。
「なせクルスナールを生かしておくんだ、わざわざ?」
 マールは言葉に詰まった。 確かに同じ顔が二人存在していては非常に危険だ。 どうして苦労してすり替わった相手を始末しないのだろう。 その説明ができないと、父は納得してくれそうになかった。



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