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 四日が過ぎた。 王の周辺に変わった出来事はなく、各国の大使や使節にぼつぼつ会ったり、大広間で短い時間だが芝居見物をしたりと、まだ元気はないながらも少しずつ平常のスケジュールに戻りつつあった。
 一方、芝居に借り出されたアドリアンとジョゼにも怪しい様子はまったくなかった。 暗誦しやすいようセリフを変え、女優と談笑し、軽く口説いたりして楽しんでいるようだ。 例の酒場、『燕亭』に立ち寄る気配も見せないし、本当に陰謀などあるのかと、フランソワが不安になるほど平和な日々だった。

 マールは毎日午後、男装して見張り場に行った。 アンリは、敵に動きがないし、もう来なくていいと言うのだが、マールは強引に通った。 なぜならもちろん、途中でセルジュに会えるかもしれないからだった。

 四日目のお供、つまり護衛はジャンだった。 彼はすっかり見張りに飽きていて、集まった男たちは大規模な密輸業者なんじゃないかと言い出した。
「禁制の物を取引してるんですよ、きっと。 飲むと眼のつぶれる酒とか、魔女の調合した麻薬とか。 それでフランス中から集まってるんだ」
「だからって合言葉まで用意しているのか?」
「密輸業者ならありそうな話です。 酒蔵ってのも、ぴったりだ。 酒樽にいろいろ隠して運べるから」
 上の空で聞いていたマールの意識が、不意に定まった。 酒樽に……?
 そうだ、燕亭は古くからある老舗の酒場で、特別にセーヌ河畔から地下道を掘り、運搬に使っている。 巨大な樽には何が入る? 密造酒や麻薬のような液体だけとはかぎらない。 すりかえた後の人間だって入れられる。 本物のジョゼ・クルスナールの体だって……!
 マールの頭は目まぐるしく回転した。 いや、それは難しい。 普通の樽は酒が洩れないよう頑丈にできていて、分厚いのだ。 液体ならすぐそそぎこめるが、上の丸板を抜いて固形物を入れ、すぐにまたはめ込むのは大変だ。
 しかし、前もってそれ用に作ってあれば……

 マールが急に立ち止まったので、ジャンは三歩ほど先に行ってすぐ戻ってきた。
「どうしました?」
「酒場の見取り図、持っているか?」
「ええ、渡されましたよ。 まがりなりにも正式な捜査官ですからね」
 ジャンは胸を張った。 マールは小声で尋ねた。
「運搬道の出口は見張らせているのか?」
「ええ、もちろんです。 でもあっちから人の出入りはないそうです。 燕亭の下男が一度、樽を転がして運び込んだだけで」
「運びこんだんだな? 運び出したんじゃないな?」
 ジャンはきょとんとした。
「それがどう違うんです?」



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