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 だが、マールの孤独はすぐに終わった。 自家用の立派な馬車が庭に駆け込んできて、中から興奮に眼をきらめかせたエレが降り立ったのだ。
 着替えもそこそこに母の部屋へ飛んでいったマールは、もどかしい手つきで似顔絵を見せ、アドリアンももしかすると怪しいと報告した。
 見事なタッチで描かれた二つの顔を、エレは額に筋を寄せてじっと観察した。 そして、結論をすぐに下した。
「アドリアン・フェデによく似た男がクルスナールの名前を出し、聞かれて慌ててクロードを刺した。 これは偶然の一致にしては出来すぎてるわ。 あの丈夫な国王が急に寝込んで、原因がよくわからないというのも変だし。
 王の側近に怪しい男が二人も入っている……これはとんでもない事態だわ。 すぐにフランソワに頼んで、何か口実を設けてあの二人を王から遠ざけなければ」
 ドレス姿のまま、エレは椅子に座ってサラサラと手紙を書き出した。 途中で一度手を休め、娘に尋ねた。
「これを至急フランソワに届けたいの。 今どこにいるか知ってる?」
「たしか秘密警察に行ってるはず。 でももう出たかもしれない。 こんな時間だから」
 勢いよく書き終えると、エレは立ち上がった。
「じゃもうじき戻ってくるわね。 少し待ってみましょう」

 間もなくアンリが合流し、三人は遅い昼食を取りながらせっせと話し合った。 アンリもまたセルジュから図面を預かっていたことを知って、マールはびっくりした。
「まあ、彼って本当に役に立つわね」
「見せて」
 鴨のフリカッセを脇にどけて、エレは地図をよく検討した後、アンリに忠告した。
「これを何枚か書き写して、信用できる部下たちに配っておいたほうがいいわ」
「そうですね、今のうちに」
 さっそくアンリは大口あけて焼肉を詰めこんでから立ち上がり、紙と筆記具のある書斎へ行った。 その後ろ姿にちらっと目をやって、エレは満足そうに呟いた。
「行動力は人並み以上なのよね。 あれでもうちょっと物事を先まで考えてくれると」

 夕方近くなってフランソワが帰宅したときには、おおよその準備は整っていた。 酒場関係の図面と容疑者の似顔絵、それに手際よく書かれた写しをアンリから受け取って、フランソワは思わず会心の笑みを浮かべた。
「よくやった。 おまえもそろそろ一人前だな」
 微苦笑を浮かべて、アンリは言い返した。
「だから、そろそろじゃなくて、とっくにですよ」 



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