少し歩いたところで、セルジュが不意に言った。
「どこへ送っていきますか?」
もちろん家へ…… うわ! 危ないところで変装していることを思い出したマールは、低く押えた声で告げた。
「陸軍大臣閣下のお宅へ。 報告しなければいけないことが山ほどある」
「そうですね」
あっさり納得すると、セルジュは足を速めた。
「早く行きましょう。 下町は危険が一杯だ」
五分ほどで屋敷の門が見えてきた。 素性を根掘り葉掘り聞くわけにもいかないし、その間ほとんど会話のできなかったマールは、少しがっかりして見慣れた玄関を恨めしく眺めた。
「さあ、着きましたよ」
言わずもがなのことを呟いて、セルジュは帽子を取って一礼し、去っていきかけた。 だが、すぐ足を止めて戻ってきて、マールの手に何かを押しこんだ。
「これはさっき使った煙玉です。 目くらましになるから持っていてください」
そして、きょとんとしたマールがその灰色の粘土のような代物に目をやっているうちに、もう消えていなくなっていた。
マールは一つ息をつき、もらった煙玉をスカーフに包んでポケットに入れて、門をくぐった。 神出鬼没で常に忙しがっているセルジュと十五分以上一緒にいられたのだから、喜ぶべきかもしれないが、非常に物足りないし、わびしい気持ちだった。
「私は男じゃないもの!」
廊下に入るなり帽子を天井高く飛ばして、ふさふさと波打った焦茶色の髪を露わにすると、マールは叫んだ。 その大声を聞きつけて、横の部屋から召使のエミールがあわてて飛び出してきた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。 お母様は?」
「まだお戻りになりません」
「そう……」
ますます気が滅入った。 父は秘密警察に情報がないか聞きに行き、母はまだヴェルサイユにいる。 シャルルは我関せずだし、アンリは見張り所にいなかった。
「誰もいないなんて。 一人にしないでよ!」
しっかり者でも、マールはまだ十七歳の寂しがり屋の乙女だった。
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