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 マールが自分を取り戻す前に、セルジュは有無を言わさぬ口調で囁いた。
「もうじき奴らが来る。 何人か見てみなさい」
 言われた通り息を殺して覗いていると、やがて難癖をつけた二人が現れ、見覚えのない小柄な男を引き連れて小路を駆け回り、口汚く罵りながら去っていった。
「ああいう連中がきれいに戦うと思っちゃいけない。 二人が話しかけている間に、あのチビ野郎が後ろに回りこんでいたんですよ」
 マールはたじろいだ。 自然に顔が赤くなった。
「そうか……礼を言おう」
 こういうときは謝礼を払うものなのだろう。 セルジュを軽んじるようで気は進まなかったが、マールは懐に手を入れて金を出そうとした。
 その手を、セルジュが押えた。
「ほら、言ったそばから! だめですよ、こんなところで財布を見せちゃ。 さあ行きましょう。 奴らの入りこめない道がありますから」

 複雑な道筋をたどって、ようやく大通りへ出た。
「じゃ、ここで」
 さっさとセルジュが行ってしまいそうになったので、マールは反射的に口走った。
「もう少し一緒にいてくれないか?」
 言ったとたんに、しまった、と思った。 今度こそ顔中が火のようになったのが自分でもわかって、帽子を目の上まで引いて何とか隠そうと無駄な努力をした。
 セルジュは笑わず、むしろ前よりきついぐらいの表情になった。
「ついていてあげたいところなんですが、絵の修行中の身なんで」
「シャルルには僕から話す。 君に迷惑はかけないから、友達のところへ連れていってもらえないか?」
「友達?」
 とたんにセルジュの雰囲気が変わった。 用心深くなり、かすかな敵意さえ伝わってきた。
「確かに俺は、お手伝いするとは言いました。 だが、こっちの生活に入りこまれるのは御免です」
「ちがう」
 彼の誤解に気付いて、マールは一生懸命説明した。
「この間刺されたあの男だ。 クロだったっけ? 彼の傷はどんなだい?」
 少し緊張がほぐれた。
「だいぶよくなりました。 腹をすかせてがつがつしてるぐらいで。 若様に塗っていただいた薬がよかったんでしょう」
 若様? その呼び方で、マールはようやく、セルジュが他の兵士より自分を上の身分と気づいていることを悟った。



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