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 マールがジャンを連れ出したのは、本当は『ジョゼ・クルスナール』を調べさせるためだった。 マールから旅費と旅行手形を渡されたジャンは、退屈な見張り任務から外れたので喜んでアルザスへ出かけていった。

 マールにはマールで仕事があった。 一味に刺されて重傷を負った男に、もう一度話を聞いてこいと言われたのだ。 内緒話をしていた犯人達にも南部の訛りがあったなら、陰謀は南が中心ということになる。 もともと中央政府とは利害が対立している地方だから、陰謀が大掛かりなら内乱につながるかもしれない。
「必ずピエールと共に行動しろと言われたが、ピエールはいなかったし、一人でも行けるから」
 昼間なので大胆に、マールは裏通りへ足を踏み入れた。 怪我人で、クロと呼ばれていた男は、確か理髪店の小部屋に寝かされているはずだが……
 曲がりくねった路地を五十メートルほど行ったところで、不意に二人の男が脇道から出てきて、マールを囲んだ。
 ひとりがドスのきいた声で脅してきた。
「兄ちゃん、粋な格好だな。 女のところへ通うのか?」
「余計なお世話だ」
 しっかりと声を張って、マールは言い返した。 剣術には自信がある。 追いはぎなんか、二人でも三人でもやっつける気構えは出来ていた。
 もうひとりが口からペッと楊枝代わりの小枝を吐いて、いきなり懐から小刀を出した。
「有り金全部置いていけ。 さもないとここでお陀仏だぜ」
「ふざけるな!」
 マールは、さっとマントを後ろへ払って身構えた。 だが、剣の柄に手をかける寸前に、思いもよらぬことが起こった。 いきなり目の前の地面で何かが炸裂し、灰白色の煙がもうもうと小路に立ち込めた。
 同時に、強い指がマールの手を捉え、凄い力で引いた。 突然のことだったので、マールはバランスを崩してたたらを踏み、引きずられるままに走り出していた。

 ぱっぱっと二つ角を回ったところで、風のような相手は素早くボロボロの木戸を開けて中に飛び込み、また閉め切った。 すると、狭いと見えた裏庭が横に長く広がっていて、薄暗い隅にがらくたが摘んであるのが目に入ってきた。
 その物陰にすべりこむと、男はようやくマールの手を離した。 強く掴まれたので赤くなった手首をさすりながら、マールは文句を言おうとして顔を上げた。
「余計なことをするな。 あんな小者、僕一人で充分……」
 あまりの驚きに、言葉がぷつりと切れた。 前に立って、鋭い緑色の眼をきらめかせているのは、セルジュ・ラリュックだった。



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