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 尾行をまったく気付かれていないと思ったのに、二つ目の角を曲がったところで、不意にセルジュは姿を消した。 慌てたアンリが前を見たり後ろを確かめたりしていると、軽く背中に触れられた。
「何ですか?」
「おっと」
 突んのめりかけて、アンリは危うく立ち直った。
「父から聞いたよ。 君は……」
「シッ」
 手短に制し、セルジュはアンリの腕を取って横の古材置き場へ引き入れた。
「壁に耳ありですよ」
「そうか、すまん」
「でも、ちょうどよかった」
 セルジュはそう呟き、背後に腕を回して紙をアンリにこっそり手渡した。
「今んところ、それだけです。 絵描きの修業は暇がないもんで」
「確かに受け取った。 父に届けるよ」
「お願いします」
 さりげなく二人は右と左に別れた。

 その足で自宅に戻ったアンリは、父が一足違いで出かけたと知ってがっかりした。 しかも、行き先を言いおいていないという。 母のエレはヴェルサイユだし、マールはなんと、慌しく服を着替えて父と一緒に行ってしまったそうだ。
 部屋に入って、セルジュから渡された紙を広げてみると、驚くような図面が描かれていた。
「すごい! 酒場の見取り図に酒蔵の平面図、地下から川岸へ伸びている運搬道まで」
 どうやって調べたんだ? アンリは首をかしげた。 裏町にいる怪しげな連中を総動員したんだろうか。
「惜しいなあ。 あいつに字が書けたら、素晴らしい将校になるんだがなあ」
 まあ、そんなものになりたくはないだろうが、と呟きながら、アンリはきちんと紙を畳んで、なくさないように懐深くしまいこんだ。

 その時分、マールは男装姿で、アンリとすれ違いで見張り用の部屋へ上がっていった。
 中で遊んでいたジャン・メルソーは、入ってきたマールに気付いて驚いて立ち上がった。
「マー ……マルク様!」
「そう、今日はマルクなんだ。 ジャン、僕の護衛を頼む。 ここにはロマンとジュスタンがいれば十分だろう」
「ええ、ですが」
「陸軍大臣の命令だ」
 いぶかしげな顔をしながらも、ジャンはおとなしく壁から剣を降ろして腰に吊り、マールと階段を下りていった。



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